見出し画像

ガラス職人の弁明(完全版)

「あの氷の女王のような図書館が、あたしにそうさせるんでさ」

王様のために数々の、美しい景色を封じ込めたガラス玉を苦もなく作り出した職人は、その技が妖の術だと疑われた時にそう弁明したのでした。

ある王様が、夢うつつに見た「懐かしくて心浮き立つ景色」を家来たちに探してくるように言いつけました。王様はその景色がどんな景色だったかをはっきり覚えていなかったので、家来たちは絵描きや彫刻家、織物師など美しい品々を生み出す職人たちに、それぞれ自分が懐かしくて心浮き立つと思う景色を作り出すように頼んで回ったのでした。

そのガラス職人のところにも家来の一人がやってきて王様の望みを伝えたところ、ガラス職人はしばらく考えた後に、溶けたガラスぷうと息を吹き込むだけで、綺麗な風景を閉じ込めたガラス玉をいくつも作ってみせました。
家来はたいそう驚き、そしてガラス職人が妖しい術や悪い魔法を使ったのではないかと疑ったのです。

家来はガラス職人にも一つ、ガラスで美しい景色の箱庭か何かを作ってもらえればいいと思っていたのでした。
ガラス職人も自分が作った景色玉にちょっと驚たようでしたが、家来の疑いを聞くと本当にびっくり仰天、頭をぶんぶん振って力いっぱい否定します。

「とんでもない!私だって今の今まで、こんなことができるなんて思ってもみやしませんでしたよ。」

でも景色を作れと言われたときにふと、故郷にある美しくて珍しい図書館のことが頭をよぎったのだ、と言います。

ガラス職人の故郷は、王様の治める街から離れたところにある、大きな古い街なのだそうです。そしてそこには、ガラスの天蓋で覆われた見事な図書館があるのだそうです。

その図書館は外側も見事な建物なのですが、最も美しくて不思議なのは、一番広いホールの中央にある、氷か水晶のような固く美しい物質でできた女の像だ、というのです。

その像はとても大きくて、ガラスの天蓋に届かんばかりの高さから人間離れした美しい女が、来館した人を見下ろして微笑んでいるのだそうです。
そしてドーム型に広がった像のスカートの周りに広いホールがドーナツのように作られており、どの角度からも女の像を見ることができます。

その固く透明な釣鐘型のスカートは複雑にカットされ、ガラスの天蓋から降り注ぐ光を乱反射させながら、その中に封じ込められた誰も触れることも見ることもかなわぬ書物を永遠に守っている、そう伝えられているのだとか。

「お前さんは、その水晶の女神様から、何か不思議な術を授けられたのかね?」
家来がそう尋ねると、職人は苦笑して答えました。
「まさか。あの女神、というか女王はただ黙ってあたしらを見下ろしているだけでさ。氷のように冷たく清らかな微笑で永遠にね。」

ガラス職人は、女神に夢の中で話しかけられたわけでも誰も見ることのかなわぬ書物の知恵を授けられたわけでもないと言います。

「ですがね、その図書館で借りた本をあそこのホールで読むと、景色だろうが人だろうが建物だろうが、そこに書かれていることがまるでこの目で実物を見ているように、ありありと頭に思い描けるんでさ」

そしてガラス職人は景色を作れと言われた時に、図書館でのことを思い出し、そのころ読んだ風景をもう一度頭の中に思い描いてみたのだ、と言います。
そしてそれができるとわかったら、次から次へと景色が頭によみがえりそれをガラスに吹き込まずにはいられない気持ちになったのだ、あの氷の女王のような図書館が自分にそうさせるのだ、と。


* * * * *


「ふうん、じゃ、お前さん、景色のほかにも読んで頭に浮かんだものはガラス玉に封じ込められるのかね?」
「さあ、やってみたわけじゃないけど、できるんじゃないですかね」

職人はさっそく、かつて図書館で読んだ物語の一場面や架空の生き物を封じ込めたガラス玉を作り出して見せました。
家来は突然ごくりと唾をのむと、こんなことを言い出しました。

「えー、お前さん、もしかしてその、盗賊の隠し財宝の物語なんか、読んだことはないかね」

職人は無表情に家来の顔を眺めましたが、そのままぷうっと、金貨銀貨に王冠宝石、珊瑚に真珠、きらびやかな財宝が山と積まれた洞窟の景色を閉じ込めたガラス玉を吹いてみせました。

玉を手にした家来はもう一度ごくりと唾をのみ、けれども少々途方に暮れた顔をしてガラス職人を見ました。
職人はちょっと意地悪そうににやりと笑い、割ってみますか?と尋ねます。

青ざめた顔の家来は、こわばった顔のままうなずき、震える手で恐る恐る、ガラス玉を床に落としてみました。



* * * * *



ガラス玉は床に落ち、きれいな音を立てて砕け散りました。
中の景色は、ふわりと空気に溶けて、消えてなくなりました。


家来はまだこわばった顔のまましばらく床を見つめていましたが、やがて間の悪そうな顔で職人の顔を見、職人はやはりちょっと意地悪そうににやりと笑い、やがてどちらともなく大きな声をあげて笑いだしました。

しばらく笑った後で家来は言いました。

「とにかくこの景色玉はただのガラス玉だし、悪いまじないが封じ込められているわけでもない。見事な品だから王様に差し上げてもきっとご満足いただけるだろう」

そしていくつかの見事な景色玉を手に、晴れ晴れとお城に引き返していきました。

その見事なガラス玉で、職人と、やがて王様の国も豊かになっていくのですが、それはまた別のお話。



* * * * *



ところでその日以来、ガラス職人の工房には時々夜中にも明かりが見えるようになりました。そして職人の家の奥の物置には鍵が取り付けられました。

ガラス職人はたまに仕事中に何かを思い出しては、うっとりした表情をしたり顔を赤らめてみたり、時には真っ青になってぶるぶる震えたりしています。

いったい彼は、夜中に自分のために、どんな風景を閉じ込めたガラス玉を作っているのでしょうね。



* * * * *


こちらの記事の完成版です。


これは記事の中にも書きましたが、野やぎさんのこちらの企画のお陰で日の目を見ることができました。

下に載せたリンクの続編としてもやもやしたアイディアだけはあったのですが、なんだかまとまりのない文章になってしまい、完成できずにいたものです。
それを「冒頭3行」に焦点を当て、読者の目を引き付ける工夫をすることによって、全体をどのように書き進めたらよいかが見えてきたのです。(といって、アイディア自体が平凡なのはしょうがないw)

けれど文体、スタイルみたいなものをちゃんと与えないと、作品として形にすることすらできないことが本当によくわかります。

今後も少しずつ創作をしていこうと思っていますが、この「冒頭3行の教え」、大切にしていこうと思います。

今回の作品は、この↓作品の続編というかスピンオフです。








お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら嬉しいです😆サポート、本と猫に使えたらいいなぁ、と思っています。もしよければよろしくお願いします❗️