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猫は遊びを様式化する

7歳になる三毛の彼女は、両足をそろえ、じっと見ている。パタパタ、パタパタとスリッパで動き回る私の足を。

室内飼いの彼女は、私に、親猫に甘える安心感を期待しているのではない。彼女が私に求めるのはスリルとサスペンスだ。

ベッドルームや洗面所、洗濯機やベランダのある2階に私が向かうと、音もなくその後をつけてくる。まずはベランダに出て、お日様を楽しみのんびりくつろいだりしてみせる。

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やがてひっそりとベランダから私の動線に移動し、行儀よく座って静かに待つ。何回か私が往復するとやがて、その前足を、私の足に引っ掛ける。さらに何回かそれを繰り返し、とうとう私は、彼女の前で、ぴたりと足を止める。そして、猫が狩りの際後ろ足をムズムズさせお尻を振るときのように、私は足を小刻みにパタパタと足踏みしてみせ、やがてダッシュ。(するつもり、そんなに我が家は広くない。そしていい年の人間はマジダッシュなどしてはいけない)

体を平べったく床に沈め、首をぐっと前に突き出し、耳は倒れ目はまん丸、しっぽを大きく左右に振っている彼女。ひげもぐっと前方に出ている。

こちらは結構なマジダッシュで私を追い、走る私の足に前足でタッチしながらその横を駆け抜ける。これでワンターン。そしてもう一度。駆け抜けた先の少し離れたポジションから狩りの態勢をとり、まん丸の期待に満ちた目で私を見上げる。

再度書くが、彼女が私に求めるのはスリルとサスペンスだ。応えないわけにはいかない。
私も再度足をムズムズさせ、アイコンタクトで彼女とタイミングを計りながら再ダッシュ(らしき行動)。

数回繰り返すうちに彼女は、私の足をタッチすることを忘れ、単純に追い抜いていく。すると立場が逆転する。

彼女が逃げ、私が追う。彼女はベッドの下に逃げ込む。私は彼女が逃げ込んだのと反対側のベッドの端で、スリッパのつま先を、床にとんとん、としてみせる。彼女はその足めがけて猛ダッシュしてくるので、さっと引っ込め、ベッドから少し離れてとんとん。彼女はベッドの下から出撃し私は逃げる。また最初から繰り返し。

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やがて(両者の猫的な性格により)ダッシュの繰り返しに飽き、彼女は物陰に隠れる。私は彼女を見つけ、見つけたよ、のしるしに目を合わせてその場をそーっと去る。そして私が物陰に、静かに気配を消す。待つこと20秒。

隠れたとはいえ、開き切ったドアの蝶番のところにできる1㎝ほどの隙間から覗く私を、離れた所からでも視認し、またベッドの陰から頭半分見えている私に向かって、彼女はそっと忍び寄ってくる。

猫パンチを繰り出す。私が急に動いてみせる。その時の気分でパターンは違えど、また最初から繰り返し。

ベッドルームの隅には縦長の姿見が置いてある。時に私は、その姿見を使って忍び寄る猫を確認する。
猫も、姿見に映る私と目を合わせながら、私の位置を確認し、近寄ってくる。

時には鏡の前で立ち止まり、鏡越しに私に目を細めてみせる。彼女は鏡に映る映像と、実物とがどういう関係か理解しているのだ。

猫と互いに見つめあい、目を細め、「好きよ」と伝えるその仕草を、私は「アイキッス」と呼んでいる。
彼女は鏡を使って私と遊び、心を通わせることすらできるのだ。

やがて彼女は私の前でごろんとお腹を見せ、私の手を舐める。存分に私、もしくは塩分を味わい、やがて私の2階での仕事も終わり、私の後を、今度は遠慮なく足音を立てながら降りてくる。最後は私を追い越し、リビングのドアの前に座って待つ。自分専用の通路があるにもかかわらず。

オープン・ザ・ドア。 するりとリビングに入り、満足した彼女は自分のポジションにくつろぐ。

私はまた、彼女に求められたら、存分にスリルとサスペンスを味わわせるだろう。
今度は1階で。
2階とは異なった様式で。

私が彼女を遊びに誘うかもしれない。
私と彼女は、相手を遊びに誘う方法を、ちゃんと分かっているのだから。

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