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【ショートショート】「そのマンドラゴラを抜け!」(3,112字)

 かつて滅んだウードという国があった。
 ウードにはある特殊な植物が生えることで有名だった。

 それが“マンドラゴラ”だった。
 マンドラゴラは別名マンドレイクと呼ばれ、人参や茄子に似た実をつける植物である。
 だが、その植物を見たものはほとんどいなかった。

 マンドラゴラを引き抜くとき、その“生き物”は信じられないほど大きな悲鳴をあげ、その声を聞いたものは全員が発狂して死んでしまうからだ。

 ウードに生きる人たちはマンドラゴラを見分けるすべを身に着けており、野菜と間違えて抜いてしまわないように気を付けて生活していた。
 それでも、マンドラゴラ側も知恵をつけており、人参畑に紛れ込んだりあえて学校の砂場に植わっていたりと、年間数十人はマンドラゴラによる死者が出ていた(どうやらマンドラゴラ側でも人間を発狂させる必要に駆られているらしい)。


 その年は例年に比べて気温が高く雨が多かった。
 ようやく雨が少なくなりだしたころに、国の研究者たちが異変に気付いた。

 マンドラゴラが異様に多いのだ。

 どうやら異常気象の影響で、マンドラゴラが大量発生してしまったらしかった。ちなみにマンドラゴラが種子によって増えるか生殖によって増えるかはまだ解明されていない。

 ある男は雑草を抜こうとしてまだ子供であるマンドラゴラの悲鳴を聞き、その男はもちろんのこと周囲三軒の家に住んでいた家族が全員発狂して死んだ。

 またある人は犬の散歩をしているところ犬が掘り返そうとしたマンドラゴラの悲鳴を聞いてその近くで遊んでいた子供たちあわせて三十人近くが発狂して死んだ。

 かくしてウード国は思わぬところから国難に瀕することになった。

 そこら中に死体が転がって異臭を放っていた。
 仕方がないので残されたものたちが穴を掘って埋めようとするとまたそこにもマンドラゴラがあって死体の数は増えてしまう。

 ウードにそのような言葉があったかは分からないが、ミイラ取りがミイラになるとはこのことであった。

 この事態を重く見た国王は国中の研究者を集めて対策を考えさせた。
 研究者が議論を交わして、一つの結論が導き出された。

『マンドラゴラの悲鳴が届くよりも長い紐を括り付けてマンドラゴラを引き抜く』

 画期的なアイデアであった。
 すぐに百人からなる対策班を組織し、長い紐を用意させ現場(国中が現場であるのだが)に向かわせた。

 まず第一の関門は紐を括り付ける際にマンドラゴラが悲鳴を発さないか、というところであったが、これに関しては問題なかった。どうやら握って上方に力をこめない限りは悲鳴を上げないらしかった。

 続いて紐の長さについての検証も必要だった。
 これに関しては、百メートルごとに対策班の人間を立たせて、何人発狂して死ぬかで悲鳴の届く範囲を測った。

 この際、誰がマンドラゴラから百メートル地点に立つかをめぐって殺傷事件が起き三人がマンドラゴラと関係なく死亡しているが、公的な記録からは消されている。
 果たしてマンドラゴラの悲鳴は半径七百五十メートルの範囲まで届くことが分かった。七人の尊い命と引き換えに八百メートル紐が大量に用意された。

 九十人の対策班はそれぞれ九十本のマンドラゴラに紐を括り付けて(この時点で力の入れ具合を間違えて二人が発狂して死んだ)紐の先端を思い切り引っ張った。
 しかし、抜けたのはまだ子供のマンドラゴラ二本だけだった。

 八百メートルの紐では力が入らず、マンドラゴラの地面に留まろうとする抵抗力に勝ることができなかった。

 国王の指示によって発案者たる研究者たちは全員首を刎ねられた。


 続いて国中から学者が集められた。
 学者たちが議論を交わしてたどり着いた結論は、さらに画期的なものだった。

『耳の遠くなった老人を集めてマンドラゴラを引き抜かせる』

 早速、国中から耳の遠くなった老人たちを集めて現場に向かわせた。

 しかし老人たちは一人も戻ってはこなかった。
 どうやらマンドラゴラの悲鳴は音自体ではなくその音の波が人を狂わせるらしく、悲鳴が聞こえていようが聞こえていなかろうが関係ないようであった。

 学者たちはもちろん全員首を刎ねられた。

 次に法律家たちはこのように主張した。

『囚人たちを集めて命と引き換えに一本のマンドラゴラを引き抜かせる』

 このアイデアは国王の興味を引いた。
 囚人たちを捕らえておくのも経費がかかるし、処刑の手間も省けて一石二鳥であった。

 だが、二つの問題からこの計画は頓挫した。
 一つ目の問題は、刑務官は囚人から少なくとも八百メートル以上離れなければいけないため、怖気づいた囚人が逃げ出したとき、八百メートルのハンディによって囚人を取り逃してしまうケースが多発した。

 そしてもう一つの問題は、殊勝な囚人たちが自分の責務をこなして一本のマンドラゴラを引き抜いたとしても、囚人の数よりマンドラゴラの数が圧倒的に多いため、囚人の数が足りなかった。

 当然の如く法律家たちも首を刎ねられた。

 同時期に菜食主義者たちは『マンドラゴラを滅ぼすのは諦め彼らと共生する』という意見を唱えたようとしたが、唱えている最中に首を刎ねられてしまった。

 言うまでもないことだが国王は肉食主義者でなにより短期だった。

 それからも様々なものたちが集められ、様々な案が出されたが、それらはことごとく失敗した。


 ゲームチェンジャーとなったのは昆虫学者たちだった。

 国王はさして期待もしていなかった昆虫学者たちからその案が出されたとき、成功を確信したという。

『食物を食い荒らすサバクトビバッタを人工的に大量発生させてマンドラゴラを食わせる』

 サバクトビバッタは雑食性のバッタで数百万匹が群れになって行動し、彼らが通ったあとには何も残らないため飢饉の原因として恐れられていた。
 もちろんサバクトビバッタにマンドラゴラとそれ以外の野菜の区別はつかない。サバクトビバッタを大量発生させるということは麦や野菜もすべて食われてしまうということだが、背に腹は代えられなかった。
 その時点でウードの国民は当初の半数以下まで減っていた。

 これに反対したのが農家たちであったが、農家の割合は残された国民の五パーセント程度であったためもちろん無視された。

 すぐに昆虫学者たちが嬉々としてサバクトビバッタの繁殖を始め、半年後にはその数は推定二億匹を超えた(餌には主に地面に横たわるものが用いられたという)。
 少しずつ外へ出して被害をコントロールする予定であったが、サバクトビバッタたちは各所で繁殖設備の壁を食い破って脱走を始めた。

 それから三週間で食料の蓄えがあった王都以外の都市はすべて滅びた。

 マンドラゴラもサバクトビバッタたちの勢いに圧倒されそのほとんどが悲鳴すら上げる間もなく周囲の土ごと食われてしまったが、それは人間も同じだった。

 さらにかろうじて生き延びた人間たちにも、食べるものは何一つ残されていなかった。

 最後に残された国王は、去ってゆくサバクトビバッタたちの影を眺めながら、空腹のあまり一本だけ残ったマンドラゴラを引き抜こうとして、その悲鳴を聞いて発狂して死んだ。

 ウード国はマンドラゴラによって滅ぼされた。いや、サバクトビバッタによって滅ぼされたのかもしれないし、国民たちが自ら滅んでいったのかもしれなかった。


 後年、マンドラゴラは葉に酢を塗ると悲鳴を上げないことが発見された。 
 その後、マンドラゴラは比較的ポピュラーな野菜とされ、主にスープ料理に使われ親しまれている。

 少し苦みが強いのが特徴であるが、その味はひょっとしてマンドラゴラが辿ってきたそのような過去とも関係しているのかもしれなかった。

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