【ショートショート】「書店経営会議は踊る」(1,614字)
「それでは第九十九回書店経営会議を始めます」
「はい、店長」
「それでは副店長、今月の売り上げの方は?」
「サイアクです」
「サイアクか……それで、原因は?」
「それが分かれば苦労はしません」
「だよね」
「ただ、一つ思い当たることといえば、平積みの本が売れていません」
「平積みっていうのは、ベストセラーの本なんかを表紙が見えるように並べて陳列するあれだね」
「はい」
「たくさん売れると思って今月は二メートルの高さまで積み上げたけど」
「おそらくそれが原因です」
「えっ」
「平積みの本が一冊も売れないなんておかしいと思ったんですよ。誰も平積みタワーを崩したくなくて手に取らなかったんでしょう。高すぎて表紙も見えないし」
「でも背表紙は見えるだろう」
「なぜかすべての本にブックカバーがしてありましたので背表紙も見えません。なんの本が積まれているか副店長の私でさえ知りませんでした」
「そういえばどうせ売れるから早めにと、バイトくんたちに指示して徹夜でカバーをさせたんだった」
「店長ってから揚げに勝手にレモンかけてひんしゅく買うタイプですか?」
「え?」
「本にカバーをかけたくない人だっているんですよ。それに、カバーのかかった本が二メートル積みあがっているのは、もはや倉庫に置かれた在庫と同じです。貴重な書棚を在庫置き場に使わないでください」
「ごめん」
「徹夜でカバーをかけさせたバイトくんにも謝っておいてくださいね、皆店長の悪口言ってましたよ」
「えっ」
「それはそれとして、来月は経営方針を変えないとまずいですよ、ただでさえ本社から目を付けられてるんですから」
「ブックカバーは取り外すとして、表紙がよく見えるように縦に積み上げるというのはどうかな」
「ちょっと意味が分からないので、実際にやってもらっていいですか?」
「だから、本をこう、一冊表紙がこちらに向くように縦に置くだろ、その上に同じように一冊積み上げて、さらにもう一冊……あっ」
「倒れましたね」
「倒れたね」
「買い取りです」
「えっ」
「ほら、この隅のとこ、曲がってるでしょう」
「ほんとだ……」
「平積みタワーの悪夢を思い出して胃が痛くなりましたよ」
「あったね」
「店長が『俺が誰も見たことのない平積みタワーを作ってやる』って言いだして」
「平積みタワー流行ってたからね、綺麗な幾何学的な並びのやつとか。ちょうど直木賞と芥川賞の発表時期だったし」
「平積みで神話を表現するんだ、って言って」
「うん」
「何冊買い取りになりましたっけ?」
「僕が五十六冊で君が五冊だけ」
「五冊だけって、すべて店長の責任なのにあまりに可哀そうだから五冊も買い取ってあげたんでしょう」
「そうだったね。次やったら離婚だって、帰ってワイフから言われちゃったよ」
「次をさっきやってましたけど」
「ワイフにだけは言わないで……」
「貸しですからね」
「ありがとう副店長」
「この間の手書きポップのときもそうですよ」
「まだあるの?」
「店長が無駄に達筆すぎるせいでポップの文字が読めないという苦情が」
「そんなことが……」
「しかも店長、時代小説しか読まないから、人気作のあらすじだけ読んで適当に書いてたでしょう」
「ぎく」
「そのことに気づいたときほど、店長に達筆という無駄な才能を与えてくれた神に感謝したことはないですよ」
「そこまで言わなくても」
「ひとつ言いたかったんですが」
「うん」
「店長って本当に本が好きでこの仕事してますか? どうも店長からは、本を売りたいという強い気持ちが感じられないのですが」
「副店長」
「はい」
「私たちがどうこうしなくたって、人と本は勝手に出会うものなんだよ。書店員が人と本の出会いをどうこうしようなんて、おこがましいことだと思わないかい?」
「店長……」
「分かってくれたかい」
「お気持ちは分かりますが、うち以外の書店で人と本が出会ってるのが問題なんです」
「副店長」
「はい」
「どうやったら売り上げって伸びるのかな」
「それが分かれば苦労はしません」
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