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【ショートショート】「ゲーム・オブ・ライフ」(5,875字)

 王様は飽き飽きとしていた。
 海洋大国であるこの国が、数百の艦隊を引き連れて世界中を蹂躙してから既に十数年が経過していた。

「朕は退屈だ……」

 王様がそのような独りごとを言って無感情に近くにいた従者の首を刎ねるのは、もはやここ数か月の日課となっていた。

 最近では、どうせ殺されるのであればと、王様と長い付き合いになる大臣が、敵国の捕虜や犯罪者に従者の恰好をさせて王様のそばに仕えさせるようになっていた。

「退屈だ。大臣よ、なにか面白い遊びはないものか」

 大臣はぎくりとした。
 いくらある程度は気心の知れた仲であるとはいえ、王様は暴君であった。ここで返答を誤れば、大臣であったとしても足元に転がっている元従者のように体と首が切り離されないとも限らない。

「例えば人間を縦にずらりと並べて、後ろから矢で射貫いて何人貫通できるか競うのはいかがでしょう」
「それはこの間やったばかりだ」
「それでは、属国同士を戦争させて負けた方の国民を皆殺しにするというのは」
「それも一週間ほどで飽きてやめてしまったではないか」
「それでは――」
「もういい! 大臣とは名ばかりで全然よいアイデアを思いつかないではないか」
「申し訳ございません」

 自分はこのような無意味で野蛮な行為を考えるためにいるのではないのだが……、大臣はそのように思ったが、敵のいない(ある意味では)平和な世の中が訪れてしまった以上、それも無理のないことであった。

 そのとき、ふと、過去に滅ぼした国で流行っていた遊びがあることを思い出した。
 それは二人で対戦するテーブルゲームと呼ばれる種類のゲームだった。まずは互いに縦横十マスずつの枠を用意し、その横枠に1から10までの、縦枠にAからJまでのアルファベットを振って1-Aから10-Jまでの全部で百マスの枠に区切る。

 それから、それぞれ五マス分の長さがある航空母艦、四マス分の長さの戦艦、三マス分の長さの駆逐艦と潜水艦、二マス分の長さの巡視艇をそれぞれ一艦ずつ配置していく。この時点で、百マスのうち十七マスにいずれかの艦隊が配置されることになる。
 そして交互に相手の海域に存在する百マスのうちどれか一つのマスを攻撃していき、配置した艦隊がそのマスにあれば、当てられた方はその艦の種類を宣言する。艦が存在するマスすべてに攻撃が当たればその艦は撃沈。最終的に先に相手の艦隊すべてを撃沈した方が勝者となる。
 王様はその説明を、目を輝かせて聞いた。

「紙とペンがあればできる簡単なゲームでありますが、相手の戦略を読む高い知能が必要なゲームであるため、退屈しのぎにはもってこいと言えるでしょう」

 大臣は胸を張った。
 このゲームでうまいこと王様を勝たせていれば数日は王様の機嫌も良い状態となるだろう、大臣はそのようなことを考えた。
 だが、もちろんそうはならなかった。

「海でやろう」
「は?」
「海に航空母艦と戦艦に、駆逐艦、潜水艦、巡視艦、すべて本物を浮かべて人も乗せて、本物の大砲を使ってやろう」

 大臣は一瞬冗談かと思った。しかし、これまで王様の言葉を冗談かと思ったことは度々あったが、本当に冗談であったことは一度もなかったのだった。

「莫大なお金が必要ですし多くの人間が死にますよ」

 王様はきょとんとた表情で言った。

「だからなんだ?」

 そのときの王様の瞳はまるで少年のようであると大臣は思ったという。

   ※

 その日から国を挙げて準備が開始された。
 国中から大量の鉄と木材と腕のいい技術者たちが集められ、一マスの大きさと艦の全長を正確に計算し、図面に起こした艦隊がそれぞれ急ピッチででき上がっていった。
 使い捨てにされる労働者たちは一人また一人と息絶えていったが、文句でも言えば首を撥ねられてしまうので誰もが死の恐怖に打ち震えながら無言で働き続けた。

 最も難航したのは大砲の威力の調整であった。
 遠方まで届く飛距離が必要なのは言うまでもないが、海域ごとに設定された範囲のマスから外れないように着弾する正確性と、必要な砲撃数で敵艦を撃沈させる威力の調整には数か月の期間を要した。

 特に潜水艦を撃沈させるには高度な技術が必要で、最終的にはすべての艦に必要数の着弾が確認された瞬間に、艦が自爆する装置を取り付けることで一応の解決とされた。
 もちろんその間も実験台になったり過労や疫病になったりしてたくさんの人が死んだ。

 大臣はそのような状況に胸を痛めながらもてきぱきと指示を出し、準備のラストスパートにかかった。
 そのうち完成を見届けにやってきた王様からある事実を告げられた。

「今回のゲームだが、朕と大臣の真剣勝負になることは言うまでもないが、ただ安全な場所からどこに砲撃するか指示を出すだけではいまいち面白くない」
「……と、言いますと」
「朕たちもいずれかの艦隊に乗って、直接指揮をしよう。どちらかの艦隊がすべて沈むか、その前に朕かお前が乗っている艦隊が沈めばその時点で沈んだ方の負けだ」

 その言葉を聞いた大臣が気を失っている間にすべての艦隊は完成し、海に浮かべられた。
 自室で目覚めた大臣は飼っていた子猫を隣人に託すと少し泣き、夜が明けると出立した。
 ついに準備に莫大な予算と時間と人手を要した王様と大臣の“遊び”が始まるのであった。

   ※

 快晴であった。風も凪いでいた。大砲を打ち合うには最高のコンディションだった。
 港に集った国民たちに見送られながら、艦隊は沖に向けて発進した。もちろんそれぞれの艦隊には、勝負を盛り上げるために操縦士のほか多数の不幸な乗員たちを乗せていた。

 王様と大臣はどの艦に乗るか自由に決めてよいことになっていた。大臣は最後までどの艦に乗るか迷ったが、覚悟を決めて一つの艦に乗り込んだ。
 航空母艦は五回着弾しないと沈まないが、その長さの分、敵から発見される可能性が高いと言えた。一発目が着弾すれば、その前後左右に打っていけばいずれ必ず二弾目が着弾してしまうのだ。
 その点、巡視艇は発見されづらいが、発見されてから沈没までの時間はわずかである。

 持久力を取るか、発見されづらさを取るか、それともバランス型でいくのか、他国と戦争をしていたときでもこのような困難な選択を迫られたことはなかったと大臣は思った。
 もちろん大臣がどの艦に乗り込んだかは王様には知らされていないし、王様がどの艦に乗っているか大臣も知らなかった。

   ※

 王様と大臣が率いる艦隊が、舞台となる隣接した二つの海域に着くと、二人は百マスに区切った海域のどのマスにどのように五つの艦を配置するか指示を出した。もちろん大臣から、王様が率いる艦が配置された海域の状況を視認することはできなかった。

「さあ大臣よ、準備はよいか」

 通信機から王様の声がした。電波状況は悪く、聞こえてくる音から王様が乗る艦を推察するのは難しかった。もちろん潜水艦からも通信は可能となっている。

「……はい。でも、どうなっても知りませんよ。私が勝てば、船は自爆したのちに沈没し、王様は命を落とすのですよ」
「朕がいないと思って大きな口を叩くではないか。これまでお前が朕に勝ったことが一度でもあったか」
「……」
「それでは事前の取り決め通り朕から始めさせてもらうぞ」
「……どうぞ」
「A-1に砲撃!」
「!!」

 突如、遠方から砲撃音が大臣のもとへ届いた。
 そして――大臣のいる海域のどこかで、砲弾は配置された艦の一つに着弾した。その衝撃は、大波となって大臣の乗る艦まで届いた。

「あ、当たりです――。A-1に停止していた巡視艦に命中」

 艦の外に出ると、洋上に静止していた巡視艇からもくもくと黒煙が上がっていた。
 ニマス分の長さの巡視艇はその向きによって残りA-2かB-1のマスにしか存在し得ないため、次か、その次の王様の順番には、巡視艇が沈没するのが確実な状況となっていた。

 着弾したときに艦の全体像を推察しやすい、海域の隅には置かないだろうと、あえてそこに配置したのが仇になった形だった。

「はっはっは。これで朕が大幅リードする形になるな。もしかして大臣が乗っていて次で勝負が決するかもしれんな」
「それはどうでしょうね――。次は私の番です。E-5に砲撃!」

 大砲の発射音が轟き、大臣の乗る艦がわずかに揺れた。
 大臣と周囲にいた乗員たちは両の拳を握り締めて、着弾の報せを待った。

「残念、ハズレだ」

 通信機に届く王様の声を聞き、周囲から落胆の声が漏れた。
 次の王様の砲撃により巡視艇が沈んだ。
 着弾の報せを受けてすぐに巡視艇が自爆する音が響き、聞こえるはずのない乗員たちの悲鳴や怨嗟の声を聞き、大臣は耳を塞いだ。

 そこからは一方的だった。
 王様は持ち前の勘の良さによって大臣が配置した潜水艦と航空母艦を発見し、何度か艦の周囲に砲撃することでこれの向きを確認。すぐに撃沈してしまった。
 これに対し大臣は、B-4に砲撃した一発が、駆逐艦に着弾しただけだった。
 そしてついに、そのときが訪れた。

「J-9に砲撃!」

 通信機から王様の声が届いた。そしてしばらくの後に、
 ごぉぉぉぉぉぉぉん。
 激しい衝撃とともにまるで地割れでも起きたかのように地面が揺れた。大臣たちは倒れ伏したまま、降ってくるガラスから身を守るために頭を抱えた。大臣が乗っている艦に大砲が着弾したのだった。

「戦艦に命中です!」

 振動が少し収まると、大臣は慌てて通信機を用いて王様に報告した。

「報告までに間があったな。乗っていたのか?」
「……さて、どうでしょう」
「まあいい、戦艦の長さは四マス分だ。あと最短で三回の砲撃により、戦艦は沈没だ」

 戦艦は大臣の海域にG-9、H-9、I-9、J-9の四マスに渡って配置されていた。このうち一番端のJ-9が発見された形となる。
 次の砲撃で戦艦の向きを特定されてしまえば、沈没までは時間の問題となる。
 しかし、大臣は諦めなかった。

「B-3に砲撃!」

 しかし、これが外れてしまう。

「I-9に砲撃!」

 襲い来る衝撃。大臣は一度目よりさらに激しい衝撃に耐えた。あちこちから怒号や悲鳴が飛び交い、冷たさを感じて足元を見れば、浸水した水がすでに足首の辺りまで溜まっていた。
 これで戦艦の向きをも特定され、あとはH-9とG-9のマスへの二回の砲撃で沈没が確実となった。

「C-4に砲撃!」

 しかし大臣が放ったこの砲弾が命中する。勝負はまだ分からなかった。
 駆逐艦は三マス分の長さである。あとA-4かD-4のどちらかのマスへの砲撃で沈没するはずだった。

 次の王様のG-9への砲撃を耐えたのちにA-4のマスに砲撃するかD-4のマスに砲撃するかによっては、大臣が乗る戦艦より早く王様が率いる駆逐艦を撃沈することが可能であった。
 そしてこれは、大臣にまだ勝てる可能性が残っていることを意味していた。

「先ほどの王様からの通信、後方で微かに悲鳴が聞こえました。王様、ひょっとして駆逐艦に乗っているのではありませんか?」

 もし王様が乗る艦を先に沈めたら、その時点で大臣の勝ちが確定するのだった。

「馬鹿言え。首を刎ねるぞ。G-9に砲撃だ」

 襲い来る衝撃。海水はすでに腰のあたりまで達していた。窓ガラスはすべて割れ、後方で火の手が上がり海上に飛び込むものが相次いでいた。通信系統もイカれ始めていた。

「王様? 聞こえませんか、王様?」

 通信機から返答はなかった。もはや事前の通告なしで砲撃を打ち込むほかなかった。

「王様、思えばあなたとは長い付き合いでした。冷酷で疑い深いあなたの傍には私の他に誰もおらず、あなたはいつも孤独だった。それを紛らわすかのように残虐な振る舞いを繰り返すあなたは、私から見ればまるで子供のようでした。あなたは生きていていい人間ではなかったが、私だけが、あなたの孤独や寂しさを理解していたのです。それは構ってもらうために悪戯する我が子を見守る母のように。ただ、それはやはり許されることではなかったのでしょう。死んでもらいます、王様。地獄で会いましょう」

 大臣は王様の海域のA-4に向けて大砲を発射した。

「残念、そこはハズレだ」

 聞き覚えのある声がして振り返ると、そこに王様が立っていた。

「な、どうしてここへ……!?」
「どの艦へ乗るかは自由だ。敵の艦に乗ってはいけないなどルールには定めていないからな。もちろん、ここがH-9のマスだというのは誓って知らなかった。朕は勝負に関してはフェアだからな」

 王様がルールの穴を突こうとするのはいつものことだった。だが、今回ばかりは何のメリットもないように感じた。大臣は混乱した。

「私の艦に乗るということは、王様が勝っても死ぬということですよ。私には理解できない」

 海水の冷たさと驚きに打ち震える大臣が言い、王様が答えた。

「生きようが死のうがあまり興味はないが、艦に乗る直前、ふと、大臣だけが死んでしまっても遊び相手がいなくてつまらないと思ってな。同じ艦に乗ることにした」
「王様……」
「まあ、これで遊び納めになるかもしれんな。H-9に砲撃だ」

 王様が無線機で指示を出すと、すぐに大砲が飛んでくる音が聞こえてきた。
 男と男の真剣勝負だった。勝負に勝てるのに、自分が乗っているからという理由で王様が砲撃を躊躇うことなどあろうはずがなかった。

 戦艦に大砲が着弾し、次の瞬間、大臣と王様は冷たい海に投げ出された。激しい渦に巻き込まれ、もはや自分が生きているのか死んでいるのかも分からなかった。それでも、確かに二人は、すぐそばにかけがえのない人間の存在を感じていた。

   ※

 それから二年後、かつて海洋大国として栄えた国は解体され、民主主義国家が誕生した。それとときを同じくして、南部の海域で二人の漁師が捕らえられた。

 髭と髪は伸び放題で薄汚い身なりをしていたが、それはかつて栄えた海洋大国を治めていた王様と大臣に間違いないとされた。
 二人は絞首刑に処されたが、最後の会話はこのようなものだったと記録されている。

「王様のせいで捕まっちゃったじゃないですか」
「朕のせいにするのか。お前がのろのろしているから悪いのでないか。首を刎ねるぞ」
「はいはい、じゃああの世で続きをやりましょう。この間貸したお金だって、まだ返してもらってないんですから」
「朕は地獄に行くだろうから、お前がちゃんとこっちに来るんだぞ。入れ違いにならないようにな」
「分かりましたよ。まあ、私も天国には行けないと思いますが」
「とりあえずまた向こうで遊ぼうぞ」
「はいはい」











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