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【ショートショート】「箱製造販売会社経営会議は踊る」(4,243字)

「ではこれより、第二〇二回社長副社長経営会議を始めます」

「うむ。では副社長、いつものように業績報告からよろしく頼む」

「はい、わが社の業績ですが、前回から大幅に売り上げを伸ばしたということです。これでわが社も上場待ったなしですかね」

「待て副社長よ」

「はい、どうなさいました社長」

「わが社がなにを売っているか知っているな、副社長」

「もちろんです。わが社は明治から続く老舗の箱の製造販売専門会社です。段ボール箱などの紙でできた安価な箱を中心に化粧箱でも下駄箱でもびっくり箱でも受注に応じてなんでもござれで」

「だが箱というのはなにかを運んだりなにかを片付けたりするものだ。それが特になんのきっかけもなしに、急に業績を伸ばすということがあるだろうか」

「私もそれは疑問に思いました」

「おお、さすが副社長だ」

「そこで私が、営業部にアサインしてマーケティングターゲットのインサイトについてキュレーションさせましたところ——」

「仕事のことになるとよく分からない英語を使いたがるのは副社長の悪い癖だが」

「失礼。営業部にわが社の顧客のニーズについて調査させましたところ、驚くべき事実が分かったのです」

「ほう」

「わが社の顧客はなにも入っていない箱をただリビングや和室なんかに飾っているそうです」

「箱を……飾る?」

「はい、つまり箱をなにかを運ぶものや片付けるものではなく、箱それ自体に鑑賞的な価値を見出しているということです」

「私が古い人間なのかもしれんが、箱なんか飾っても誰も喜ばんだろう」

「まさにその考え方が古いのです!」

「(ジロリ)」

「あ、失礼しました。ただ、人間の価値観なんていうのは日々刻々と変わってゆくもの。これをチャンスと捉え、箱の生産を大幅に増産しようと思うのですがどうでしょうか」

「まあそれは良いが、箱になにも入れないなんて、箱を作る会社として果たしてそれを歓迎してよいのか、そもそもなにも入れない箱を箱と呼んでいいのか」

「だからその考え方が古い——あ、失礼いたしました」

 ※

「えーそれでは、第二〇三回社長副社長経営会議を始めたいと思います」

「うむ。では副社長、業績報告を」

「はい、業績ですが、うなぎのぼりです」

「うなぎのぼりか」

「マジでやばいです」

「マジでやばいか」

「はい」

「この間言っていた箱を飾るというやつか」

「もはや一家にひと箱」

「わが家にはないぞ」

「それは社長が古——いえ、なんでもありません。これによりわが社の売り上げは一年前の倍に迫っています」

「凄いではないか副社長」

「ええ、ですが一つ問題が」

「なんだ」

「売り上げの約八五パーセントを占める通信販売ですが、箱を送るときに箱に入れて送ってほしいという要望が多く……」

「箱を送るのだから、箱のまま送ればよいだろう」

「それが、やはり宅配業者が箱の中になにか商品が入っていると思うようで、箱自体を丁寧に取り扱わないのです」

「仕様のないやつらだな」

「仕様のないやつらです」

「仕方がない、箱を入れるための箱を用意して送ってやれ」

「ただ」

「まだなにかあるのか」

「箱に入った箱が届いたら、いったいどちらが自分の注文した箱なのか、分からなくなる顧客はいないでしょうか。間違えて“飾る箱を入れていた箱”の方を飾っていた、なんてことも」

「——あり得ないことではないな。箱を飾るような輩に外の箱と内の箱の区別がつくとは思えん」

「ではこれならどうでしょう。外の箱に『これは物を入れる箱です』と書いておくというのは」

「それは良い、物を入れる方の箱と物を入れない方の箱を区別するということだな。中に入っているのは飾る用だから物を入れない方の箱という訳だ」

「では早速、物を入れる方の箱を増産して物を入れない箱を入れてから送ります」

「次の業績報告が楽しみだな副社長」

「ええ社長」

   ※

「それでは第二百——」

「どうだった副社長?」

「もう、せっかちですね社長は」

「これでも箱を作る会社の社長だからな。箱の売れ行きには敏感でいたい」

「それが、売り上げが落ちています」

「マジでか」

「マジです」

「ただ業績は悪くなっていません」

「どういうことだ」

「それが、不思議な現象が起きていまして、内の箱の売れ行きは確かに落ちているのですが、今度は外の箱の注文が殺到しているのです」

「外の箱というのは、『これは物を入れる箱です』と落書きがしてあるやつか」

「落書きではありません、私が書いた字をコピーして貼っているのですから」

「副社長の文字か。どうりで下手くそだと……」

「おほん、そんなことよりも、『これは物を入れる箱です』と書いている箱の方を買いたい、という注文が多く、仕方なく『これは物を入れる箱です』と書いた箱を同じ料金で普通の箱に入れて送っているので、売り上げ自体はあまり落ちていないのです。『これは物を入れる箱です』と書いた箱の方にこれまで通り物を入れない方の箱も入れましょうかと言っても、それはいいと」

「………………」

「分かります、私も営業部からその報告を聞いたときは言葉を失いました」

「つまり、物を入れない箱を欲しがっていたやつらが、今度は『これは物を入れる箱です』と書いた物が入っていない箱を欲しがっている、ということか?」

「はい、それで合っています」

「なぜだ」

「営業部にアサインして——失礼、依頼して顧客のニーズを調べたところ、どうも彼らは箱自体でなくもはや概念に対し金を払っているようなのです」

「興味深いな」

「本来物が入っているはずのものになにも入っていない、その状態こそが、かつて松尾芭蕉が提言した侘び寂びに近い人間の情緒的感情を引き起こす効果があり、それを飾ることが失われつつある人間的意識の復興に繋がると考えているようで」

「それでただの箱よりも『これは物を入れる箱です』と書いてある箱に食いついたわけか」

「その通りです。そしてそれが送られてくるときには」

「なにも入っていない方がより情緒的である」

「さすが社長」

「話はだいたい分かった。顧客が求めているのは、本来物が入っているはずの箱になにも入っていないという状況、ということでよいのだな」

「簡単に言えばその通りです」

「それで、今後の経営戦略はどうなっている?」

「は、顧客のニーズを鑑み、より攻めた商品開発をしてはどうかと」

「どういうことだ?」

「半分に切った箱を送ります」

「半分に切った箱? それは縦にか? 横にか?」

「それはどうでもいいのです社長、それより重要なのは、物が入らない箱を送るということなのです」

「顧客は物が入るのに入っていないという概念に金を払うのに、物が入らなくしてよいのか?」

「頭が固いですね、社長。顧客のニーズは日々刻々と変化すると言いましたよね、顧客が求める概念なんて、それこそ昨日と今日とですら違うものに変わっています。これは当たりますよ。これからは物が入らない箱です」

「それともう一つ、副社長」

「なんですか、社長?」

「物が入らない箱は、果たして箱と呼んでいいのだろうか」

「それもどうでもいいのです、社長」

   ※

「副社長、半分に切った箱を部屋に飾ってみたが、あれはなかなかいいものだね。なんというか、物質主義から解放されるというか、一度箱に対して持っていた先入観をなくすと、新しく見えてきたものも多かったよ。さすがは副社長だな」

「残念なお知らせです、社長。半分に切った箱の売れ行きが最悪です」

「まさか!?」

「そのまさかです、社長。やはり顧客のニーズというものは容易には計り知れないものであったようです」

「やはり箱には物が入った方がよかったのか」

「箱である以上、最低限物は入らないと」

「物が入らない箱のことは君が言い出したんだが……」

「さらに残念なお知らせが——」

「まだあるのか!?」

「物を入れない箱の売り上げも落ちています」

「なんということだ! 物が入るけどなにも入っていない箱という概念に飽きられてしまったということなのか」

「そういう訳でもないようです」

「どういうことだ」

「顧客は箱の中身に興味を示しだしたようで」

「箱の中身? 箱の中身は空だろう。外の箱の中に内の箱がある場合もあるかもしれんが」

「これは箱単体で考えたときの話です。空っぽの箱の中にはなにもありません。その“なにもない”を箱から取り出して飾るのが主流になってきたようでして——」

「ちょっとさすがについていけない」

「実は私もです」

「もう箱は用なしということか?」

「いえ、箱はいるんです。空っぽの箱があるからこそ、そこに“なにもない”が生まれるので」

「……」

「ただ、“なにもない”に金は払えないと——」

「つまりタダで箱だけを送っているのか」

「そういうことになります。“なにもない”の販売数はうなぎのぼりですが、売れば売るほど赤字です」

「“なにもない”じゃ金を取れんのか」

「顧問弁護士に確認しましたが難しいようで」

「そうか、このまま物を入れない箱を売っていれば、わが社は傾くかもしれんな……」

「どうなさいましょう」

「箱のことを考えるのに少し疲れた、少し、そっとしておいてくれないか」

「それでは社長副社長会議は」

「しばらく休みだ」

   ※

「な、なにをなさっているんです社長!」

「ええい、止めてくれるな、副社長」

「早くそこから降りてください! ロープも首から外して、椅子が倒れたらどうするんですか!」

「このまま死なせてくれ!」

「なにがあったんですか、社長!?」

「なにがあったかだって!? 箱に決まってるだろう! 人が一生懸命作っている、丈夫で物がたくさん入る箱に好き勝手訳の分からない価値を見出しやがって。おかげさまで商売あがったりだ。業績もダダ下がり。私は責任を取って首をくくる。止めてくれるな、副社長!」

「落ち着いてください、社長。今日はその報告に参ったのですが、業績はダダ下がりしていません。わが社はずっと安泰です」

「……本当か副社長?」

「本当ですとも社長」

「今度はなんだ? マトリョーシカ人形のように大きい箱の中に中くらいの箱があってその中に小さい箱があってさらに小さい箱が入っているような状態に世の無常を感じて価値を見出すようになって箱がたくさん売れたとか、そんな話か」

「違います」

「じゃあどんな箱が売れているというんだ!」

「普通に物を片付けたり、運んだりする箱です。普通のお客さんは普通の箱を普通の使い方をして普通に暮らしています。そっちの箱は普通に売れています」

「……だが副社長。果たしてそれが箱と言えるのだろうか?」

「それこそが箱なんですよ、社長」











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