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おたねさんちの童話集「シロクマのユータ」

シロクマのユータ
 
 アフリン王国は今日も静かだった。シロクマのユータはシロクマ学校から帰ってくると、冷蔵庫からかき氷を取り出した。
「おかえりなさい」
新しく入ったお手伝いのニーナは、お菓子を作るのが上手かったから、ユータは大好きだった。
「優しいお母さんが、僕にもいてくれたら・・・」
 急にそんなことを思って淋しくなったユータは、恥ずかしそうに下を向くと、ちょこんと頭を下げて自分の部屋へと入っていった。
 ユータのお父さんとお母さんが離婚して、もう四年になる。ユータはいくら一生懸命にお母さんの姿を思い出そうとしても思い出せなくなった自分に、どうしても罪の意識が感じられて、嫌だった。
 ユータのお父さんはテレビ局につとめている。一応、アフリン支局の局長という立場だったが、めったにテレビにでることはなかった。たまにテレビに出るときも、照明から音声、アナウンサーと、全部一人でしていて、とても忙しそうだだった。
 どうしてお父さんとお母さんが別れたのかその理由は知らないけど、家にいた時のお母さんは、いつも淋しそうだった。めったにお父さんが帰らないからだと、ユータは今でも思っている。
 だってユータは今でも毎日、ニーナが作ってくれた晩ご飯を一人で食べているのだから。
「あと一週間で夏休みに入る」
ユータは、そうつぶやきながらどうしてこんな、春も夏もないような暑い王国に夏休みがあるのかと不思議だった。
「どうせなら、一年中夏休みにしてしまえばいいのに」
クラスでは友達にそんな事を言っていたが、本当は夏休みが嫌だった。
「でも、今年は家庭教師のジャジャさんがサファリパークに連れていってくれる。小学校最後の夏休みだから、今から楽しみだ。
 ユータが学校から帰ってきて、シロクマ語で話せるのはジャジャ先生とジョーモ先生だけだった。だって、お父さんはめったに家へ帰ってこないのだから。
 二人とも大好きな先生だったけど、ユータは特にジャジャ先生が好きだった。本当は「ジャランジャバナ」っていんだけど、ジャジャ先生が「ジャジャ」って呼ぶようにっていうから、そう呼んでいる。
「コンコン」
軽くノックしてニーナが入ってきた。
「お父様がユータ君を呼んでいますよ」
珍しくお父さんが帰っているんだ、と思いながらお父さんの部屋へ行った。お父さんは、少しお酒が入っているようだった。
「ユータ君、学校はどうだった」
ユータはとりあえず返事をしたが、別にお父さんに学校での出来事とかを話したいとは思わなかった。
「ところでユータ。そろそろお母さんを欲しいと思わないか」
お父さんが、いつも、別の女の人とつき合っていることは、ずっと前から知っていた。それに、もう絶対にお父さんとお母さんが仲直りしないことも……。
「お父さんが結婚したいなら、別に僕はいいよ。だって、関係ないもん」
ユータは「ピシャッ」とドアを閉めると、そのまま自分の部屋へと戻って、倒れ込むようにベッドの上であおむけになった。
 
それから一週間後。ユータはジャジャ先生とサファリパークへ出かけた。なぜか、ジョーモ先生も一緒で、ちょっと嬉しくなかったけど、ジャジャ先生に多い方が面白いでしょ、と言われると、なんとなくそんな気分にもなった。
 確かに、サファリパークは、最高だった。それに、ジョーモ先生はいろんな動物の名前を知っていて、一つ一つ、僕に教えてくれたから、やっぱりジョーモ先生がいてくれて良かったとも思えるようになった。
 でも、宿泊先のホテルでちょっと淋しい気分になった。それは、おなかがすいてジャジャ先生を捜しに行った時のこと。ジャジャ先生とジョーモ先生がキスをしていたんだ。
 僕が本当に小さいとき、お母さんがいつも僕に無理矢理キスをしていた。あの時は僕はずっとそれが嫌で嫌で逃げていたけど、今日ジャジャ先生がキスをしているの見て、急に胸が痛いような気がして、別に悲しくもなかったけど、涙が出てきた。
 僕は見つからないようにそっとそこから抜けだしてそれから部屋へ戻ってテレビをつけた。
 アフリン語はよくわからないけど、他にすることがなかったから仕方がない。しばらくすると、お父さんのテレビ局でもないのにお母さんが映っていた。隣にはお父さんの写真が年齢までつけて映っている。
覚えているよりも遙かに年をとったお母さんは、大きな声で泣いていた。
 それからしばらくすると、メチャクチャに壊されて、燃えつきたようなビルが現れて、そうしてよく見ると、それはお父さんの入っている事務所のビルだった。
 僕は、慌ててジャジャ先生を呼ぶんだ。ジャジャ先生は画面を見る間に顔が青くなって、テレビにクギ付けになった。それから僕をギュッと抱きしめて、それから僕たちは急に予定を早くして家に帰ることになった。
 家ではニーナそして、本当のお母さんが僕を迎えてくれた。お母さんは僕の顔を見るなり、急に大声をあげて、そうして僕に抱きついた。
 そうして僕たちの周囲を見たこともないような人達が取り囲んでいる。
お母さんが僕を抱きしめる姿を必死にカメラにおさめようとしていて、僕はフラッシュが眩しくて仕方がなかった。
 僕は、急にお母さんとシロクマ王国へ帰るようになったんだけど、お父さんはいなかった。
「お父さんは別の飛行機でシロクマ王国へ帰ってくるよ。最後のお別れをしないといけないから」
ユータはずっと、本当は泣かなければならないことを、知っていたけれど、どうしても涙がでなかった。
飛行機はぐんぐんと空に舞い上がっていくけれど、どんなに高く上昇しても、お父さんには会えないように思えたから。

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