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おたねさんちの童話集 「ライオンの箱」

  ライオンの箱
 
 リードは必死に涙をこらえて下を向いていました。
 親父が亡くなったのです。遺してくれたのは、汚れた袋に入った僅かな木の実だけでした。
「真心の実」という名前でした。それをリードは妹のリーザと半分ずつに分けたのでした。寂しい顔ばかりしていられません。父のように立派なライオンにならないといけないのですから。
「リードはいるか!リードはいるか!」
嫌な奴がやってきた。叔父のラリーだ。親父と違って、いつも偉そうにしていたから、いろんな動物たちから嫌われている。リードも、会いたい相手ではなかったが、叔父さんだから仕方がない。
「ラリー叔父さん、どうしたの?」
「どうしたも、こうしたも、あるものか!お前の親父が遺したボロボロの袋があるだろ。木の実が入った奴、それを俺によこせ!」
「嫌だよ、親父の形見はそれしかないんだから」
ラリー叔父さんは、怒鳴り声をあげて、無理矢理リードから袋を奪おうとしました。少し前ならば、簡単に奪われていたかもしれません。でも、いつの間にか、リードの力が強くなったのか、或いはラリー叔父さん弱くなったのが、まったくラリー叔父さんはリードに歯が立ちません。ラリー叔父さんは、すごすごと引き上げて帰っていきました。
 でも、二、三日たつと、ラリー叔父さんは、またリードのところへやってきました。
「木の実ならあげないよ」
リードは言いました。でも、ラリー叔父さんの用件は少し違ったようでした。
「これをお前さんに、やろうと思ってな」
 それは、金色に輝く綺麗な小箱でした。
「これは、何の箱なの?どうして叔父さんは、僕にくれるの?」
リードはビックリしてたずねました。
「何の箱って、箱に名前なんかあるものか。宝石を入れたら宝石箱、ゴミを入れたらゴミ箱だ。だけど、お前の祖父ちゃん。俺やお前の親父さんのお父さんは、いつもこの箱に、その木の実を入れていた。祖父ちゃんが亡くなったとき、この箱が余りにきれいだったから、無理矢理この箱を形見に貰ったんだ。それで、お前さんの親父が貰った形見が、その木の実だ。本来、その木の実は、そんな薄汚れた袋にいれておくもんじゃないから、お前にこれをあげるのさ」
 ラリー叔父さんは、そういって、その箱は開けてみせました。中にはほんの僅かのゴミくずが入っているだけで、他には何もありません。ラリー叔父さんは、そのゴミくずを、大事そうに小さな紙の袋に入れ直してから、リードにその箱を渡しました。
 ラリー叔父さんは、リードにその箱を渡すと、自分の家へと帰っていきました。その姿がリードの目には、急に老いぼれて見えました。ほんの少し前まで、あんなに威風堂々としていたのに、あっという間にヨボヨボの祖父さんになったようでした。でも、リードにその箱を渡したとたん、心なしや優しい顔になったようにも見えたのでした。
 リードは、ラリー叔父さんから貰ったきれいな箱に、木の実を入れて持ち運ぶようになりました。すると、どうでしょう。リードの所へ、いろんな動物たちが集まってきました。そうして、いろいろとオベンチャラを言って帰っていくのです。態度も、少しずつ威風堂々としてきて、なんだかラリー叔父さんみたいです。そうして洋服もだんだんと派手なものになってきました。
「リーザにも、木の実を入れる箱を買ってあげようか」
リードは妹のリーザに、そう尋ねました。
「ううん、私はそんなの要らない。だって春になったらお庭に植えるつもりだもん。」
「庭に植えるだって!!」
「だって木の実だったら、きっと芽が出てくるはずよ。そうしたらどんな花が咲くか楽しみじゃない」
リーザは笑ってそう答えたのでした。
リーザに不幸なことが次々と起こってきたのは、木の実を植えてしばらく経ってからのことでした。お金を貸した友達が逃げちゃったのは可愛い方で、別の友人が病気になったと聞いて、お見舞いに行ったら、その病気が移ったり。せっかく好意で作ってあげたオモチャで、怪我をしたと騒ぎ立てられて裁判になったり、本当に大変な毎日になってしまいました。
「ほら、みたことか。大切なものは、大切だと分かるようなきれいな箱に入れておくべきなんだ」
リードはそう言って、妹のリーザを叱りつけました。
リーザは悲しそうな顔でしばらく泣いていましたが、リードはその様子を見ないようにしました。
「ふん、大切なものは撮られないようにちゃんと鍵をするべきなんだ」
リードが、そう思ったとき、チャリーンとかすかに音が聞こえました。
慌てて懐から真心の実を入れた箱を取り出すと、そこには、鍵がついていました。
「そうだ。大切なものなんだから、毎日持ち歩いていたら危ないから隠しておこう」
リードは、その箱に鍵をして、さらに頑丈な金庫の中にしまいました。
リーザの庭に幾つかの小さな芽が出てきたのは、それから間もなくのことでした。リーザは、どんなにつらいことがあっても、毎日、笑顔でそこに水やりをしました。リードはあれほど堂々としているのに妹はと悪口を言われる日もありました。失敗して大声で叱られる日もありました。でもリーザは毎日欠かすことなく、せっせと水をあげ続けたのでした。庭に生えた芽からはやがて双葉がでて、青葉へと成長していきました。そうしてその芽が、大きくなるに連れて、だんだんとリーザの事を悪くいう者はいなくなっていきました。でも、反対にリードのことはというと、昔のラリー叔父のように、少しずつ陰で悪口をいう者が増えていったようでした。
ある日、そのラリー叔父さんがリーザの庭を訪れました。もう、吃驚するほど老いぼれていて、すぐには叔父さんだと分からないほどでした。ヨボヨボ、ノソノソとしながらリーザの近くへと歩みよってきたラリー叔父さんでしたが、急に「えー!」と大声を上げました。
 ラリー叔父さんの眼前には一輪の花が咲いていました。
「これは、お前が育てたのか?」
ラリー叔父さんは、リーザに尋ねました。
「うん」とリーザは小さうなずきました。
「子供の頃にみたのと同じだ。仕合わせの花。お前のお祖母ちゃんも育てていた。でも、この花は、一人で沢山持っているとすぐに腐ってしまうんだ。だから、すぐに誰かにあげないといけない。そうして、たくさんの花をあげたぶんだけ、こんどは沢山の、真心の実を結ぶんだ。
 「ラリー叔父さんは、どうして、それを知っているの?」
「そりゃあ、お袋、つまりはお前のお祖母ちゃんに、ずいぶんと仕合わせの花をせがんでは、枯らしてしまったからな」
「えっ!」
「大丈夫だよ。もうこのだけ老いぼれたら、欲しいとも思わない。それよりも、リードを知らないか。yっぱり、あの箱を返して貰おうと思ってな。あの箱のせいで、リードも、昔の俺みたいになっちまった」
「いったいあの箱は何の箱なの」
「最初は、本当にただの箱だった。でも俺が仕合わせの花をこの箱に隠して、沢山しまい込んでいたんだ。そしたら、いつの間にか、花は枯れてしまったけど、箱だけがずいぶんと豪華な箱になったんだ。」
ラリー叔父さんの話は続きました。箱の話は不思議な話でした。ラリー叔父さんがいうには、この箱は「独り占めの箱」なのだそうでした。この箱を持っていると、なんでも独り占めをしたくなるのです。そして高価な物を入れたら、入れただけ、この箱は豪華で美しい箱になるのでした。でも、箱の中には何も残らりません。残るのは、僅かなカスだけです。残りは全部消えていくのでした。真心の木の実も宝石もなんでもかんでも入れたら入れただけ、この箱は豪華になって、そうして持ち主の姿も威風堂々とそして偉そうになっていくのだそうです。
 ラリー叔父さんは、その空しさに耐えられなくなって、リードに、その箱を渡したのでした。
でも、やはり、リードに自分と同じ思いをさせたくない。箱を渡して元に戻ったラリー叔父さんは後悔をしたようでした。
「大丈夫。心配しないで。リードのことは、必ず私がなんとかするから」
リーザは、そう言うと、庭に咲いた「仕合わせの花」をラリー叔父さんに手渡しました。
 ラリー叔父さんは、「仕合わせの花」を見て一条の涙を流すと、リーザに大きく頭を下げたのでした。
 リーザは、その日から、毎日、「仕合わせの花」を配って歩きました。雨の日も風の日も……。
リーザが「仕合わせの花」を配れば配る程、庭には沢山の「仕合わせの花」の花が咲きました。そうしてリーザから「仕合わせの花」を受けとった人々には、次々と幸福が訪れるのでした。
でも、リーザが「仕合わせの花」を配れば配るほど、リーザには不幸が訪れました。兄のリードから受けた仕打ちを、妹のリーザに持ってくる人もいました。リーザのことを、知らないくせに、陰で悪口をいう人もでてきました。
 でも、リーザは、どんなに辛い目に遭っても。毎日絶対に、「仕合わせの花」を配り歩いたのでした。
ある日、リードがリーザのところへやってきました。
「リーザ。お前の今があるのも、全部ワシのお陰だ!だから「仕合わせの花」を全部ワシに寄こせ!」
リードは大声で、そう怒鳴りました。
「いいえ、この花は、みんなに喜んで貰うために咲いているのです。リードにやるわけにはいきません」
「なにを!」
リードはリーザに襲いかかりました。が、リーザは一瞬でそれをかわしました。
「では、ラリー叔父さんから頂いた箱を私にくれるなら、今、ここに咲いている「仕合わせの花」を全部リードにあげます。それで、どうですか」
「うっ!」
リードは一瞬ひるんだそぶりを見せてから、小さくうなずきました。
リードが箱を持ってきました。
「好きなだけ持って行きなさい」
受け取った箱を確かめたリーザは、そうリードに告げました。
「ちょっと、お待ちなさい」
リーザは、箱を開けると、何か入っていた僅かばかりのゴミカスを紙袋にいれて、リードに差し出しました。
「忘れ物よ!私も貰うのは箱だけなんだから」
「一つだけ聞いてもいいかい」
紙袋を受け取って、優しい顔に戻ったリードが尋ねました。
「その箱をどうするつもりだい」
「仕合わせの花を配った時に、みんなから貰った不幸の、全部、この箱に入れていくのよ。みんなの不幸がこの箱に入って空っぽになったら、こんなに素晴らしいことは他にないでしょ」
リーザは笑顔でそう、答えました。
やがてリードもリーザと同じように「仕合わせの花」を配ってくれるようになりました。
 そうして季節が移りました。
リーザの庭には、数え切れないほどたくさんの、真心に実ができたようでした。おしまい。

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