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おたねさんちの童話集「カエルのガータ」

カエルのガータ
 
 カエルのガータは今日も夢をみました。
 遠い昔、ガータがまだまだオタマジャクシだったことのです。
 オオサンショウウオの大きなクチがガータの兄弟たちを大勢いっぺんに丸呑みしたのでした。
 ガータは必死になって逃げました。
そうして幸いにして生き残った数匹のオタマジャクシは、みんなバラバラに暮らさなければならなくなったのです。
 その時の恐ろしさと一人になった寂しさは、消えてゆくどころか、時間と共に大きくなって、カエルになった今でも、オオサンショウウオの大きな口が夢の中にでてくるのです。
 毎日怖い夢を見て、真夜中に大声で叫ぶのですから、ガータはいつも孤独でした。若い頃に、一度だけ恋をして、結婚しようという話になったこともありましたが、毎日大声で叫ぶのですから、相手が気味悪がって逃げてしまいました。
 ガータは恋に夢見ることもない生活のまま、この年齢になってしまったのです。今さら誰かと友達になろうとも思いません。ただ誰かに食べられてしまうのだけは恐ろしいので必死で逃げ回ってきた一生のように思うのです。
 大きな魚が近づいていないか。恐ろしい蛇が近づいていないか。毎日、あたりをきょろきょろ見回して、一番に姿を隠すことを心がけました。もちろん何を見かけても、誰にも言いません。残る者がいれば、なおさら逃げることのできる確率は高くなります。それにひとりぼっちですから、守るべきものもありません。
ガータには信頼できる友人も心を許せる家族もいないのです。ただ、毎日あの怖い夢から逃れる方法だけを考えて生きてきたのでした。
 それに、毎日隠れて生きているので、隠れるものの気持ちがよく分かります。だから、自分より弱い、獲物を捕まえることは簡単にできました。ぱっとみたら、昆虫や小動物の隠れやすそうなところがすぐに分かるのです。
でもガータは本当にお腹が空いているときにしか獲物を捕まえません。別に捕まえられる者の気持ちが分かるからでも、可愛そうだと同情しているからでもありません。獲物を狙って待っていたり、実際に詰めかめている最中の方が、自分の狙われる可能性が高いことをガータは知っているからでした。
実際、何度も獲物を捕まえることに夢中になって、自分が誰かに狙われていることに気付かない奴らを何度も見てきたのです。
 でも、もちろん空腹に耐えられなくなって、飯にありつこうとすることもあります。
 あの日も、獲物を狙っているときでした。誰かが隠れているのは、ガータにはすぐ分かりました。ただ問題は自分より大きい生き物かどうか。明らかに何者かから隠れている生き物がいるのですが、隠れている岩穴は非常に広い場所にも思えます。
でも大きな生き物であれば、今この状態では別に隠れる必要などありません。
ガータは、隠れているものが何者なのか確かめてみたくなりました。
 今まで、こんな気持ちになったことは一度もありません。そんなことをすれば何者かに襲われるリスクは非常に高くなります。ガータは今まで一度たりともそんなリスクを冒したことはなかったですし、冒したいとも思わなかったのです。
でも、今日は岩穴に吸い込まれるように、ガータはその生き物に近づいていました。
 そうして目があいました。
 それはガータよりも遙かに大きな目でした。
 そうしてその目には見覚えがありました。オオサンショウウオです。
 ガータは慌てて逃げました。そうして物陰にかくれて、オオサンショウウオのいる岩穴をじっと見つめました。
 もちろん目が合ったのですから、オオサンショウウオはガータに気がついたに違いありません。
 でも、オオサンショウウオの身を潜めたような気配はまったく変わることがありませんでした。
 「どうせ残り短い人生だ」
 本当なら恐ろしくて仕方がないはずなのに、なぜかガータはオオサンショウウオに近づいてゆきました。そうして恐る恐るオオサンショウウオに声をかけたのでした。
「オオサンショウウオよ!なんでお前みたいにバカでかいやつが、こんなところに隠れてるんだい」
オオサンショウウオはガータの姿をみて笑いました。
「食われたくなかったら、さっさとあっちへゆけ」
「うるさい。俺は残り短い人生だ。お前に食われたってかまやしない。ただお前に一度だけ言っておきたいことがあるんだ」
「なんだいそれは?」
オオサンショウウオは面白がって聞き返しました。
「俺の兄弟はみんな、俺がオタマジャクシのときにお前さんの仲間に食べられたんだ。そりゃ、恐ろしかった。だから今でも毎日お前さんが襲ってくる夢をみる。あれから毎日だ。そのお前さんが、えらく怯えて隠れているもんだから、気になってしかたがない。」
ガータは興奮のあまり震えるのも忘れて大声を出しました。
「カエルさんよ!お前も、他の昆虫たちからみたら、同じことをやってるんだぜ。きっと他の昆虫たちからみたら、お前が怯えている姿はおかしくて仕方がないだろうよ。」
……怯えて暮らしているのは俺だけじゃないのか。ガータはなるほどと感心しました。
「それに、俺だって子供の頃、兄弟をいっぺんに失ったんだぜ。人間たちがきて、みんな捕まえっちまったんだ。それ以来、俺が見る夢も、毎日人間に捕まえられる夢だよ。お前となんら変わりはねえ。」
ガータはびっくりして、オオサンショウウオの話がもっともっと聞きたくなりました。
「それで、どんな夢をみるんだい?」
思わず、身を乗り出しました。
「ウルサイ!さっさとあっちへゆけ!俺は空腹でいらついているんだ。速く逃げないと喰っちまうぞ!」
 その日からガータはオオサンショウウオに襲われる夢をみなくなりました。「どうせ後短い人生だ。楽しむことだけ生きていこう」
 ガータは今いる世界が急に輝いてみえました。
 そうして、ウキウキした気分になって、急に仲間のカエルをみつけてはペラペラと話しかけるようになったのです。
 ほんの短い間でしたが。
 蛇に食べられたのは、ビクビクと隠れることを怠ったからかもしれません。
あまり身を潜めなくなったからかもしれません。
 でもガータにとってオオサンショウウオに出会ってからの身近な時間が彼にとっての本当の「時間」だったのかもしれません。

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