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おたねさんちの童話集「捨てられた子犬」

捨てられた子犬
 
子犬が捨てられた。ゴミ捨て場に4匹同時。
ゴミの回収日は月曜日と、木曜日だったが、子犬らは金曜日に捨てられた。
飼い主だった女性は、「どなたか可愛がってください」とだけかかれたメモと、タオルケット、それに山ほどのペットフードを段ボールに詰め込んだが、4匹の子犬に名前すらつけてくれなかった。
最初に子犬を見つけたのは、小学生の女の子だった。
雨の日。
学校の帰りのようだった。
女の子は傘をさしたまま、しばらく子犬らを眺めていたが、突然、段ボール箱ごと抱え込んで、家まで走り出した。
肩に乗っけた傘が、ほとんど役にたたないような体制になっても、雨水と汗で全身がビショビショになっても、女の子は気にとめる様子もなく、一生懸命に走って帰った。
 家について、雨の当たらない場所に段ボールを置くと、女の子は子犬たちの方を向いてにっこりと笑った。
そうして家から古新聞をたくさん持ってきて、ずぶ濡れになったタオルケットを取り出すと、代わりに古新聞を敷き詰めた。
それから女の子は、ポケットからハンカチを取り出して、子犬たちを丁寧に拭いた。
「ごめんね。カテに新しいタオルを持ってくると、お母さんに叱られるから」
夕方、女の子のお母さんが帰ってきて、段ボール箱の中の子犬を見つけると、目を丸くして驚いた。
お母さんはすぐに女の子を呼びつけると、何か話をしていたけれど、子犬たちにはよく分からなかった。
ただ、女の子が悲しそうに泣いているのが見えた。
お母さんは困った顔で子犬たちを見ていた。
その夜、お父さんが帰ってくるまで、女の子はじっと待っていた。段ボール箱の隣で待っていた。
お父さんが帰ってくるなり、女の子は泣き出しそうな顔で抱きついた。お父さんは女の子を抱きかかえると、お母さんを呼んで話を聞いた。
それから、女の子を膝の上におくと、女の子の顔を見ながら、何かをゆっくりと言い聞かせていた。
やがて段ボール箱の中から一匹だけ子犬を取り出すと、それを女の子に渡して、段ボール箱を持ち上げた。
それから、お父さんと女の子は段ボール箱を元にあった場所に置きにいった。
お父さんは、きれいにタオルケットを入れ直した段ボール箱を置くと、ビニール袋を電信柱にくくりつけて、屋根を作ってくれた。
「さあ、これで子犬たちも濡れないだろう」
お父さんはそう言ったけれど、女の子は寂しそうに子犬たちを見つめていた。
「ごめんね。うちでは四匹も飼えないの」
一匹の子犬を抱いて、女の子は帰っていった。
それからも女の子は毎日のように段ボールの中の子犬たちを見にきてくれたこれど、残された三匹に新しい飼い主は見つからなかった。
女の子以外にも近所の小学生が集まってきて、餌をくれたりはしたけれど、誰も拾ってはくれそうになかった。
 でも、ある日突然、みすぼらしい格好をしたお爺さんが、一匹を鷲掴みにしてもっていった。その子犬は泣き叫んで必死に抵抗したけれど、お爺さんは構わずにもっていった。
子犬たちは、もちろん誰かに拾ってもらいたかったけれど、あの女の子のような優しそうな人のところへ行きたかった。
でも、どうしようもなかった。
残った二匹の子犬はただ呆然と連れ去られていく子犬を見ていた。
 
段ボール箱に残った二匹の子犬は、怖くなって段ボール箱から逃げだそうと考えたけど、なかなかそれができなかった。
餌は誰かがいろいろと持ってきてくれたし、毎日人通りを眺めるのも楽しかった。
珍しそうに僕らを眺めるおばさん。せわしそうに歩いていくサラリーマン。必ず声をかけてくれる小学生たち。ゆっくりと乳母車をおして散歩するお婆さん。
行く人の足の隙間から見える自動車の騒音は嫌だったけど、ここもだんだんと居心地がよくなってきた。
決して外へ出たくないわけじゃなかった。でも、外へ出るのが怖かった。
ある日、一匹の子犬が「外へ出よう」と言い出した。
「危ないからやめよう」
僕が言ってもきかなかった。
「一緒に行かないなら一人でもいくよ」
そう言って、あいつは飛び出した。
僕が止めるのも聞かずに。
そうして、百メートルも走らないうちに、自動車にはねられて死んでしまった。
僕の目の前で。
一瞬だった。
タイヤが通り過ぎたあとの、あいつの姿を、僕はどうしてもみることができなかった。
慌てて駆け寄ろうとしたけれど、身体が動かなかった。
怖かった。
僕がここを出ようと、決心したのは、それから数日がたってからだ。
「あいつの言うとおり、ここにいても何も始まらない」
僕は、僕自身の手で幸せを見つけるんだ。
僕は用心して段ボール箱から外に出た。
そうして自動車をさけて、人通りの少ない道を選んで歩き出した。
不思議に思ったことがある。
箱を出て数日間歩き続けたけれど、箱にいたときと周囲の目がまったく違うということだ。
箱の中にいた僕たちに人間たちはある程度の好意をみせてくれた。
でも、箱をでたとたん、僕らは相手にされないか、あるいは避けられるような存在へと変わっていた。
あれほど僕を可愛がっていた小学生たちも、僕を見るなり、びくびくして怖がっている子もいるほどだ。
それから、僕と同じ犬たちもそれぞれいろんな所に縄張りももっている。
人間に飼われているやつも、そうでないやつも、みんながみんな自分の縄張りをもっていた。
縄張りは臭いで分かった。
僕が餌を探そうとしても、良さそうなところは、みんな他の犬の縄張りだった。
もちろん最初は気づかなかった。でもへんな臭いがすると思いながら歩いているといきなり他の犬が襲ってきた。僕はすぐに逃げたので大丈夫だったけれど、それからは、急に臭いも意識するようになった。
臭いを意識するようになってから、世界が変わった。
臭いは有る意味、色彩や音の世界よりも豊かな世界をもっている。動物たちは自分の居場所や縄張りを示しているだけでなる。感情を臭いでしめしているからだ。
そうして何よりも食料のありかをもっとも正確に教えてくれる。
僕は地面に鼻をつけあたりの気配を読み取るすべを身につけた。
次に僕はこの町の地図を頭にたたきつけることにした。
どこにどんな食べ物があって、どんな敵が潜んでいるのか。そうしてどこが誰の縄張りで、どこがそうでないか。そしてもっとも重要なこと。どうやったら敵から逃げ通せるか。
時間の経過と共に、僕は人間たちも本当は僕らの敵だということを知った。
人間は僕らから自由を奪い取っているだけだ。
僕の縄張りは、いつしか他のどんな飼い犬よりも広大なものになっていた。僕と同じ汚らしい格好をした犬の群れから誘いを受けることもあったけれど、下っ端扱いされるのが嫌で加わらなかった。
それから、僕の前に現れて偉そうにしていたいろんな動物たちも、いつしか僕をさけるようになった。
僕の身体が以前の数倍の大きさになったからだろう。
たとえどんな犬が僕の前に現れても、僕よりも大きな犬はいなくなった。僕に勝てる犬もいなくなっていた。
もちろん、僕と別れた二匹の兄弟。あの女の子の家で引き取られた犬と、お爺さんに引き取られた犬。たまに家の前を通ることもあるが、僕は声をかけられても無視することにしている。
二匹とも、それぞれに自分よりも幸せそうにみえたし、家族がいるやつをじゃましたくはなかった。
それに、首輪をつけられて喜んでいるヤツの気が知れなかった。どんなにきれいな色をしていても、人間たちに縛られているだけじゃないか。
本当に人間たちとの絆があれば、あんなもの必要ない。
 
それでも、本当はあいつらがうらやましいと思う日がないこともなかった。
ゴミ捨て場で残飯をあさっている姿は惨めだったし、シャンプーのにおいをさせながら哀れな目で見る飼い犬の奴らを見かけると殴りたいような衝動にかられる。
僕は無性に寂しさを感じて、仲間が欲しくなった。
だけど今さら仲間なんて……。
僕はゴミ捨て場から、裏山のねぐらまでいつもと同じ道をたどっている。
 
確かに僕には自由だ。でも生活はいつも変わらない。腹が減っても、ゴミ箱をあさるくらいしかできやしない。
首輪をはめられているあいつらの方が楽しそうだ。
僕は、なにが自由かが分からなくなってきた。
信号のある大通りを過ぎて、いつもの路地へ入ろうとしたとき、急に違う道を通りたくなって、普段は近寄らないおしゃれな通りも選んで歩いた。
そのときだ。
彼女を見つけたのは。
犬のくせにドレスを着て、リボンまでつけて・・・。
へんてこなシャンプーの臭い。
でも僕は、身体の体温が妙に上がっていくのを感じた。
次の日も、僕は彼女に会いに行った。
でも、彼女は僕をおそれてすぐに小屋へと隠れてしまう。
それでも大声で呼び続けると、家の中から人間たちがでてきて、僕を追い返そうとした。
こんな気持ちは初めてだった。
僕はなんとか彼女と話がしたくて、その次の日も、彼女に会いに行った。
今度はさらに大きな声があたりに響いた。
通行人やら他の犬までも驚くような大声が町中に響いた。
それでも彼女はでてこない。
出てくるのは、僕を追い返そうとする人間たちだけだ。
僕はあきらめなかった。
次の日も、その次の日も、毎日彼女の家の前で大声で叫んだ。
雨の日でさえも、ずぶ濡れになりながら彼女をよんだ。
 
でも、そのうちにやってきたのは、大きな網をもって青黒い制服をきた人間たちが僕を捕まえにやってきた。
僕は必死で逃げた。
でも、人間たちは大勢で、しかも上手に挟みうちにしてつかまえようとする。
僕は網の中でじたばたと、逃げだそうともがいた。
網を食いちぎろうと牙をむいたがなかなか食いちぎれそうになかった。
「バン!」
急に足がしびれて意識が朦朧としてきた。
麻酔銃だった。
僕は倒れて意識を失った。
気がついたとき、僕は檻の中だった。
檻の中で僕は、大声で吠え続けた。
毎日、毎日吠え続けた。
人間たちが僕に餌や水を出してくれたけど、僕は手をつけなかった。
口をつけると、そのまま死んでしまうかもしれない。
そんな気がしたからだ。
僕は日に日にやせ衰えて、吠える声も小さくなっていた。
空腹で朦朧とした意識の中で、ゴミ捨て場に置かれた段ボール箱がうかんできた。そこに入れられた四匹の犬。
僕はその中で誰が一番幸せだったのだろうかと考えた。
答えはわからない。
でも、この意識がなくなったとき、僕はもうこの世にはいない。
それは確かなようだ。

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