通りすがりの街はオレンジだった

 坂出駅に着いたのは夕方だった。旅行で通りかかっただけの僕達は、その街の空気から少し浮いていた。
 小1時間くらいだろうか。みやげ物屋や、商店街を見てまわり、また駅前に戻ってきた。
 平日の夕方の駅前には、高校生の姿がやけに目につく。多分僕とは全然違った風景の中で、高校生活を送っているんだろうと考えていた。
 ふと見上げた高架の駅が、夕日でオレンジ色に染まっている。なんだか眠たくなるような空間だった。
 のんびりしていることが取り柄であるこの街で、退屈を楽しめない男子高校生の3人組がいた。自転車に跨がってたむろする彼らは、身体全体で「オレたちは持て余しているんだ」という気持ちを表現している。
「あっ」
 隣を歩く彼女が小さく声をあげた。
 3人組の前を通り過ぎたスクーターが何かを落としていった。花束だった。スクーターは落とした花束に全く気付かずに走り去っていく。
 ただそれだけの出来事が、暇に押しつぶされそうな3人組に点火した。
 すぐさま3人の内の1人が花束を拾い上げ、自転車を漕いでスクーターを追いかける。あとの2人もまるで示し合わせていたかのように、同時に走り出す。まさに「脱兎のごとく」だった。
 その行為は断じて善意や使命感からではなかった。例えて言えば、砂漠でオアシスを見つけただけのことだ。彼らは刺激に渇いていた。スクーターを追う彼らの後ろ姿は、めちゃくちゃ嬉しそうだった。
「間に合うのかな?」
 彼女も、彼らが走っていった方を眺めながら嬉しそうに言った。彼女も渇いていたのだろうか。
「無理だろ」
 僕はわざと無愛想に答える。乗り遅れてしまった僕にはそう答えるしかなかった。
(何で俺だけ面白がれないんだろう。つまんない奴だな)
と思った。
 ほんの少し、彼らと隣の彼女に嫉妬していた。僕に欠けていて、彼らに余りあるものを見せつけられている気がした。
 僕はほとんど反射的に呟いていた。
「俺だってあいつらくらいの年齢の時だったら追っかけてたよ」
 くだらない自己弁護だった。好奇心に年齢制限なんてない。自分の発した言葉が負け惜しみにもなっていないことが情けなかった。
 彼らはスクーターを見失ったらしく、また元の場所に戻ってきた。
 彼女は少し心配そうに、でもやっぱり楽しそうに言った。
「あの子たち、あたしたちに『どっちに行きました?』とか聞きにこないかな?」
「もうええやろ。電車くるで。行こ」
 僕はぶっきらぼうにそう言って、駅に向かってずんずん歩いた。早くその出来事から離れたかった。

 街は相変わらずのんびりと、オレンジ色に染まっている。ここは僕達の時間だけが止まっている、どこか別の世界のようだった。
 僕達は、自分達の時間が動き出す街へと帰るために、改札に向かった。

そんなそんな。