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夏の空はどこまでも高くて Vol.6

場所をナミさんの店に移して、改めてリョウジの正面に座った。

10年…。ついこの前のようにも感じるし、もう随分昔のことのようにも思える。こうして目の前にいるリョウジの眼に今の私はどんな風に映っているんだろう。聞いてみたいような、聞きたくないような。確かなのは、私のほうがリョウジにもう一度会いたい気持ちが強かったということだけ。なんだかくやしい。

手酌で日本酒を飲むリョウジがやけに大人に見える。私も好きな赤ワインを自分のペースで味わう。あの頃は缶ビール1本で真っ赤になってリョウジによくからかわれた。「ペコちゃん、ほっぺが真っ赤ですよ」って、ツンツンされて。怒って睨み返すと笑って頭をくしゃくしゃされてぎゅって抱き締めてくれた…。

二人とも、大人になったな…。


「ミホ」

「ん?  どしたん ?」

「なんで今日オレのこと呼んだん?」

昔の記憶に浸りながらひとり懐かしんでいるところに不意をつかれて我に返った。

「いや、ミホはオレのこと忘れてると思ってたから。・・・」

そのあとの言葉はよく聞こえなかった。

…忘れてた?それはリョウジじゃないの?

私はずっとリョウジのことが好きだったのに。仕事で行き詰まってたリョウジに掛ける言葉をどれほど心して選んだことか。せめて私といるときはリラックスしてほしくて、仕事のことは忘れて二人の時間を大切にしたかった。リョウジのいいところを、もっともっと引き出したかった。私にはそれができると思ってた。だってあんなにも好きだったんだから。

私から気持ちが離れたのはリョウジのほうだよ?それなのに、わたしがリョウジを簡単に忘れたと言うの?


「・・・ミホを失ったことが、ツラかった」

ウソ。ツラかったのはリョウジより私のほうだよ!勝手なことばっか言ってるし。


「そうなんや。私は、ハッキリ言ってリョウジのこと忘れてた。仕事に没頭しとって、気付いたら隣に誰もおらんかった。そこにカナタから連絡があって。なんか魔が差したんかも。」

精一杯見栄をはった。でないと平静を保てない。強がってないと今にも涙が溢れそうになる。泣くもんか。私は10年、踏ん張ってきたんだから。くそ、ホンマに私は可愛くない女だ!

私の強がりな減らず口はリョウジには通用しない。昔っからそうだった。優しく頭を小突かれて、あの優しい目になった。

「10年経とうが、ミホはミホやな。やっぱ可愛いわ」

嬉しさと照れ隠しにまた憎まれ口をたたく私の頭を昔と同じように乱暴に撫でられる。

もうダメだ。やっぱり大好きだよ、リョウジのことが。私のワガママを全部すっぽりと受け止めてくれる、その笑顔…。甘やかしてくれる、その大きな手…。もう一度、その胸に飛び込めるだろうか…。それとももう遅いのだろうか…。


迷っている頭の中とは裏腹に、勝手に言葉が飛び出した。

「あの河原で、ビール飲まへん?」

もう一度、リョウジとあの河原でサイコーに美味しいビールを飲みたい。何も疑うことのなかったリョウジの愛に、もう一度出会えるかもしれない…。

確かめてみたい、そう思った。


「運命」って言葉が頭の中に浮かぶ。これって運命?そう信じたいだけ?リョウジはこの再会をどんな風に受け止めているのだろう。

自分の力だけではどうにもならないことがこの世の中にはたくさんあるらしい。私はこれまで自分の道は自分で切り開いてきた。評価されるのは努力の結果だと思ってきた。自分の生き方は全て自分でコントロールできるものだと思ってた。

だけど気付いてしまった。いくら頑張ってもひとの心はコントロールはできないことを。そして自分ひとりの中で、勝手にその結末を決め込んで諦めてしまうことの無意味さを。

抗うことなく、素直に気持ちを伝えたら運命という流れに身を任せてみるのもいいのかもしれない。それを信じる気持ちのゆとりが今の私には必要な気がした。

そしてその運命とやらをリョウジは信じるだろうか…。

「なあ、リョウジ。運命って信じる?」

一瞬真顔になったリョウジを見つめる間もなく頭を抱えるように抱きすくめられた。その瞳の奥にある本当の気持ちを確かめるのが怖くて、私はリョウジの胸に顔を埋めた。


続く








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