七里ヶ浜にて
何か嫌なことがあったり、落ち込んだりすると私はこの海を見に来る。
昨日、彼から突然「別れよう」というラインがきた。
理由は聞かない。
何故ならそれは私にとって傷口に塩をぬる行為に等しいことだから。
何となくわかっていた。
ここ一月ほど前から彼の態度がよそよそしくなっていたのを感じていた。
でも、見て見ぬふりをしてきた。
私から何か聞いたり咎めるようなことを言えば、ここぞとばかりに彼は別れ話に持ち込むのは目に見えていたから。
1日でも、1時間でも彼の「彼女」でいたくて、核心からなるべく遠くへ彼の意識を持っていくために話を逸らしたり機嫌をとったりしてきた。
でももう、限界だった。
「別れよう。好きなコができた」
余りにも直接的で、こちらが泣いて縋るか怒ってキレるか二者択一の状況に持っていくなんて、もうその時点で勝敗は見えていたのだろう。
私のプライドが泣いて縋るなんて許すはずがない。
そして私が怒ってキレるなんて子供じみたことは決してしないことを彼は知っていた。
だから諦めるしかなかった。
「わかってたわ。大丈夫。別れましょう」
そう言うしかなかった。
やり場のないこの気持ちをどうにか沈めたくて、この浜辺へ来た。
七里ヶ浜は今日も穏やかな白い波が幾重にも浜へ向かってリズミカルに押し寄せている。
あ〜〜あ、ひとりぼっちになっちゃった。
私のことを大切にしてくれる人は世界中探してもどこにもいないんだろうな。
今日は重要な会議があるはずだったけど、今はもうどうでもよかった。
風邪で熱があると言えば、会社は簡単に休めた。
ザアーーザアーーと同じタイミングで寄せてくる波を頭と心を空っぽにして見るともなく見ていると、視界の端に一人の男の人が入ってきた。
がっしりした体型にジャケット姿のその人は、チノパンのポケットに両手を突っ込んでゆっくりとした歩調で浜辺を歩きながら私と同じく波の往来の遙か彼方に視線を放ち、何故だか私と同じく悲しげな表情をその広い背中に滲ませていた。
何だか気になってしまった。
散歩?休憩?平日の午前中のこんな中途半端な時間に、きちんとした身なりの男性がこんなところに何の用事があると言うのだろう。
傷心の自分のことより何だかそちらの方が重要案件のような気がしてきて視線を離すことができない。
不意に男の人が振り向いた。
男らしい短髪に黒縁の眼鏡、口髭を生やして一瞬イカつそうに見えるがその眼鏡の奥の目はとても優しげで人懐っこそうだ。
「優しそうな人だな…」ぱっと見てそう思った。
私の視線を感じたのか目があった。
ペコリと頭を下げて会釈すると向こうもしっかりと深く頭を下げた。
話すつもりなんてなかったのに、今の寂しい心の内を誰かに聞いて欲しかったのか男の人に向かってにっこりと微笑んでしまった。
ポケットに両手を突っ込んだまま、ゆっくりと私の方へ近づいてくると、予想に反してとても爽やかに話しかけてきた。
「こんにちは。お一人ですか?」
さっき微笑んだことを後悔してももう遅い。
静かにしてて、ほっといてと思う心とは裏腹に言葉が出た。
「はい、ちょっと仕事をサボりにきました」
「ハハハ、僕とおんなじですね!」
「そうなんですか?」
「ええ、僕もよくここへは来ます。落ち込んだ時とか」
「え?そうなんですか?私と一緒だわ」
「ここの穏やかな波を見ていると心が落ち着くんです」
「あ。わかります。私もそうです」
そう言ってその人はまた海の方へ向き直った。
ふたり同じ方向を見つめながらしばらく談笑した。
何故か心はさっきまでのトゲトゲした冷たさがなくなって、穏やかで温かくなっていた。
「人は鏡です」
その人は打ち寄せる波の方へと視線を変えずに言い放った。
「どういうことですか?」
少し話が聞きたくなった。
「自分の起こした行為はそのままいつか自分に帰ってきます。
話をすれば相手も話してくれます。人に優しくすれば相手もまた優しくしようとします」
「ずいぶん人が良いんですね。私は裏切られましたけど。そんなに簡単に人を信じられませんね」
「それはあなたが信用していないからですよ」
何も言えなかった。
私は彼を信頼していただろうか。思ったことを素直に話せていただろうか。いつか離れて行くんじゃないかといつもビクビクしながら彼の機嫌をとり、いい顔ばかりして無理してきたように思う。それを認めるのが嫌で余計に思ったことを口にしなくなっていた。
「僕は人を信じたい。優しくしたい。思ったことを伝えたいです。せっかく出逢えたんですから」
「そうですか…」
「あの、ラグビーお好きですか?」
「は?いえ、ルールも知りません」
「よかったら見にきませんか?」
「選手なんですか?」
「いえ、私はコーチをしています。試合を見ているとよくわかりますよ。人と人との関係性は自分から発信することによって如何様にも変わる。相手を信じて投げたパスが思ったところへチームメイトがいてくれたときの感動は、えも言えぬ喜びです。ちょっとでも相手に対して不安があったり自分の独りよがりの我を出してしまったらあっという間に相手チームにボールを奪われます。それは見ていて面白いほどにね。相手を信じることは自分を解放することでもあると思います」
「自分を解放する…」
潮風とともに柔らかな香りが漂ってきた。
男の人がつけていた香りだった。
何故か懐かしく、穏やかで温かなその香りに、心が慰められるような気がした。
「いい香りですね」
「ああ、これ。気に入ってるんです」
「Diorですか?」
「はい、SAUVAGEです」
「ラグビー、見に行ってみようかな…」
「是非。ルール、お教えしますよ」
そう言って爽やかな笑顔とともにまた海の方に向き直って遠く波の彼方を見つめた。
またいつか人を信じたい。今度ここへ来るときはつまらないこだわりや悲しみは置いてこよう。
ふとその人の手首に視線を落とすと、白とゴールドとシルバーの糸を編み込んだミサンガが目に入った。
何かを信じ願いを込め、その糸が切れる時にはその願いが叶う。そう信じて真っ直ぐひた向きに生きる。
眩しかった。そして自分にもそんなふうに生きることへのきっかけを分けてもらった気がした。
その人の名は、Jonny
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#めがね男子愛好会 今回のプレミアnoteを送る相手は…
Jonny.Uさんです。
Jonnyさんは毎日朝活する様子を自撮りやビデオで配信されています。ムッキムキのバッキバキのスポーツマンです。たまーに意味不明な(笑)食レポがあったり、とってもオトメな恋愛小説を書いたりと、色んな顔を見せてくれる素敵なめがね男子👓さんです。
これからも身体作りやダイエット、美味しい食レポなど盛りだくさんのnoteを楽しみにしています!
この物語に出てくる七里ヶ浜は実際にJonnyさんが物思いに更けるときに時々訪れるそうです。ミサンガやDiorのオードトワレも実際にJonnyさんご愛用の品。
とてもお洒落でジェントルマンなJonnyさん。もちろんめがね姿も決まっています!
今度七里ヶ浜へ行かれたときには一人佇む寂しげな美女がいるかもしれませんよ!なんちってね。
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