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ダイエットよりも大切なこと?

週3回通っているスポーツジムでよく見かける男がいた。

私が走っていると、ふと気が付くと隣のマシーンで走っている。

100キロは軽く超えるであろう巨漢の身体の割にはリズム良くステップを踏んでスイスイと走るその姿はジム内でもかなり目立っていた。

見ていて気持ちいいほど汗ビッショリになっている。

走りながら目の前のガラス越しに目が合うといつもペコリと頭を下げて挨拶してくる。律儀な男。

私はにっこりと笑顔で返す。

黙々と走る。

私も負けじと走る。


元々スポーツでもやっていたのかガタイがいい。きっと大食漢でお酒もかなりイケる口なのだろう。この数ヶ月のリモートワークとやらで余計に大きくなったのか、それとも昨日「やんちゃ」をしたのか今日はいつもより根気よく走り続けているようだ。


きっかり30分。走る時間を私はそう決めている。

マシーンを降りてベンチに座りミネラルウォーターを飲みながら休憩していると男も同じように降りてきた。スポーツドリンクを手に、肩から掛けた真っ白なタオルで顔から滴り落ちる大量の汗を拭きながら少し距離を開けてベンチに座った。


「お疲れ様です」 私はいつも、人には自分から先に挨拶することにしている。

一瞬肩を窄めるようにして驚いた男は体をこちらに向き直してしっかりと頭を下げ「あ、はい。お疲れ様です!」と気合の入った挨拶を返した。

その様子があまりにも律儀で滑稽に見え、クスリと笑うと男も照れたように頭を掻きながらエヘヘと笑った。


「 いつも気合い入れて走ってますよね 」

「 あ、はい、痩せなきゃいけないもんで 」

「 体重増えたんですか?」

「 はい、リバウンドしちゃって 」

「 ダイエットしてらっしゃる?」

「 はい、色々研究してるんですが、なかなか難しいです 」


男の話を聞くと、その独自のダイエット研究は確かに理にかなっていて頭の中ではしっかりと理論が成り立っているようだった。それを実行できれば確実に痩せるだろうと思われた。

「 でも、分かっちゃいるけどいかんせん食べることが好きなもので…。

あの、今研究してるのが『痩せている人の生活習慣と食べ方』なんですが…。

良かったら少し話を聞かせてもらえないでしょうか 」

「 え?私ですか?」

「 はい、ぜひ 」

これは新手のナンパかと思ったが、男は真剣なようだ。そうだと分かったのはオークリーの奥の目が本気だったから。


聞くと男の食習慣と私のとではやはり多くの相違点が判明した。

まず、家にいる時の食べ物や食べ方が圧倒的に違っていた。

私はいわゆる「スナック菓子」や「菓子パン」は口にしない。なぜかというと、化学調味料と植物油脂が苦手だから。濃い味は喉が乾くしサラダオイルは胃がもたれて肌荒れや吹き出物の原因になる。いわゆる不飽和脂肪酸というやつだ。体に合わないので食べたいと思わない。料理に使う油はグレープシードオイルかオリーブオイル、ごま油の3種類のみ。サラダオイルは使わない。そして甘い飲み物が好きではない。果汁以外の甘い味を付けた炭酸飲料やジュースなどを飲むと余計に喉が渇いてしまう。そしてその恐ろしいほどの砂糖の量を聞いてからというもの、将来の身体のことを考えるととても口にする気になれないのだ。


男は私の話を異次元の世界のようにぽかんと口を開けて聞いていた。

家では何かしら口にしている。お菓子の袋は開けたら最後まで食べ切る。暇を感じると何か食べている。丼は必ず大盛り、米は一粒も残さない。

「 それじゃあ太って当たり前よ。というより、身体に悪いよね。まずは余計なものを一切止めることから始めたら?」


私が提案するのは『ダイエット』ではなく『 食を楽しむ』こと。

身体は口に入れる食べ物や飲み物で100%作られる。自分が意識して選ぶ食物で自分のカラダをデザインするのだ。

自分の人生は自分で選ぶ。作る。身体も然り。今の身体が不本意ということは自分で自分をコントロールできていないということ。それって悔しくないか?

自分の意思とは違うカラダを纏っていなければいけないなんて、人生損してる。もっと自分本意なカラダを手に入れて、思い通りに生きてみない?何にもとらわれず、遠慮せず、堂々と自信を持っていられる。そして健康も手に入る。まさに一石二鳥なのだ。

「 女の子にももっとモテるよ!」

男の目が輝いたのを見逃さない。詰まるところそこでしょう。人生楽しくなるよと言って笑った。

そしてもう一つ。食を楽しむためのとっておきのヒントは『 好きな人とオシャレをして会話を楽しみながらゆっくり時間をかけて食べる 』これはかなり効果的だ。

食べ物はメインではない。目の前のパートナーとの時間がメインなのだ。そしてオシャレはカラダを緊張させる。背筋を伸ばして腹筋に力を入れた状態が続くと、それがいつもの姿勢として身体が記憶する。好きな人の前で背中を丸めてガツガツ食べるなんて100年の恋も冷めるというものだ。

私の一人語りに目を白黒させながら男は真剣な表情で聞き入っていた。

「 ごめんなさいね。でも、私にとっては当たり前のことだしとても大事なことなの 」

「 いえいえ、なるほどです。食べ方もだけれど、誰とどんなふうに時間を共にするかも自分自身の人生をどう生きるかに繋がりますよね。うん、自分本意に生きる。これはわかる 」

「 よし、それが分かったなら試してみない?私とデートしましょう。思いきりオシャレをして、美味しいものを食べにいきましょうよ!」

「 えっ!それって新手のナンパですか?」

「 ま、そうとも言うわね 」

「 じゃあその前にもう少し絞って行こう。あと30分、走ります。では!」


そう言って足早にマシーンに戻っていった男の後ろ姿は先ほどよりも明らかに締まって見えた。

ダイエットなんて簡単よ。要するに、人生を楽しめばいいのだ。



* ***** *



これは #めがね男子愛好会 に入会してくださった aokidaokid さんへのプレミア小説です。aokidaokidさんはこのnoteでダイエット日記をつけていらっしゃる本気のダイエッターです。(文中はじめのほうに出てくる『やんちゃ』というのは彼曰く「たまーにやってしまうめちゃくちゃに暴飲暴食すること」だそうです) その真摯なダイエット姿に感銘を受け、私なりのダイエットに対する思考を織り交ぜた妄想小説を書いてみました。

ボクシングと麻雀をこよなく愛し、毎日充実した自分本意の人生を謳歌しておられるaokidaokidさん。時々綴られるゾクッとする怪談話もスリリングで面白い。またまたnoteに新しい読む楽しみが増えました!


ビスコさんが主催する #めがね男子愛好会 はこちらから




















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