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勝手に10選〜イカしたフォークロックの世界(後編)〜


(前記)

張り切って後編に移る。


・落陽 

1973年に発表された吉田拓郎さんによるライブアルバム"よしだたくろう LIVE '73"に収録された曲だ。

吉田拓郎さんは学生時代に友人がエレキギターを弾いている姿を見て、これだ、と思い、その後ビートルズ風のロックバンドを結成し、ビートルズのカバーや、オリジナル曲も持ちアマチュアながら広島でライブも行っていた事から、根底にはロックがあるであろう。

吉田拓郎さんは日本のボブ・ディランなどと形容されていた時代もあるが、結局ボブ・ディランも現代からしてみたらロックにおけるレジェンドであり、筆者も吉田拓郎さんの曲を聴いてロックを感じる。

この曲は実に面白い経緯を持つ。
吉田拓郎さんはこの曲を1973年に行われたライブにて発表し、ライブアルバムに収録され、
その後は拓郎さんの人気のある曲としてライブの定番曲となるが、晴れてスタジオ録音のシングルとして、また楽曲もアップデートされ発表されたのが1989年であった。実に16年間ライブ版しか存在しなかった訳だ。

2つのバージョンの甲乙はつけ難いが、アコースティックギターのカッティングが実に素晴らしいライブ版の方が好みである。

ノスタルジックで重厚感に溢れるミドルテンポの実に気持ちの良いロックだ。

歌詞は旅先で出会った、人生という事柄を経験し、今はギャンブル暮らしですってんてんに至った老人との束の間の思い出や別れを綴っている。
実に男らしさと、ノスタルジックな世界観を持った素晴らしい歌詞と、曲が融合した大名曲なのだ。

蛇足だが、この曲をアコースティックギターで奏でていると実に気持ちが良い。



・心の旅


1973年にチューリップのシングルとして発表された曲だ。

作詞作曲はチューリップのリーダーであった財津和夫さんによる。

実に重厚感と切なさと前向きさが共存し、メロディラインが秀逸したミドルテンポの素晴らしいロックだ。

財津和夫さんは、高校時代にビートルズと出会い、夢中になり、独学でギターを始めた。
やはりルーツはロックなのである。
大学に進学すると和製ビートルズを目指しバンドを組むが、これがチューリップの前身となったのだ。

歌詞は、明日旅立つ主人公が恋人と最後の夜を過ごす心情を見事に表現しているが、この歌詞は財津和夫さんご自身が東京から上京する際の心情がベースとなっており、なるほどリアリティが曲に華を添えている。

シンプルなAメロ、切ないBメロが緩急となり、実に盛り上がるサビが気持ち良い。
とにかくメロディラインが秀悦している。

曲全体を通して筆者の印象であるが、ピアノの奏で具合や、サイドギターの入り方、ストリングスの雰囲気、コーラスワークなど、凄くビートルズを感じさせられる。

これからもずっと歌い継がれて欲しい大名曲なのだ。



・我が良き友よ


1975年にムッシュかまやつさんこと、かまやつひろしさんのシングルとして発表された曲だ。

かまやつさんの父親であるティーブ・釜萢さんが日系アメリカ人でジャズシンガー、ミュージシャンであった為、かまやつさんは幼少期からアメリカの音楽を含むカルチャーの影響が大きかった。

高校時代にカントリー歌手としてデビューするが、以降ミッキー・カーチスさん達とロカビリーに取り組み、かまやつひろしさんを日本初のロック・ミュージシャンと評される事もあるのだ。

その後、GSブームを彩ったザ・スパイダースにギタリストとして加入し、かまやつさんによる名曲を多数残した。
ザ・スパイダース解散後、ソロ活動に入る。

この曲は、かまやつひろしさんのソロとしての楽曲だ。
作詞作曲は吉田拓郎さんにより、リードギターは高中正義さんと、実に豪華なメンバーである。

元々、かまやつさんと吉田拓郎さんは交友があり、飲みながら音楽について語り合った仲であった。

吉田拓郎さんがこの曲を書き上げた際に、周囲からの評価も高く、吉田拓郎さんのボーカルで吉田拓郎さんのシングルで発表した方が良い、との声が上がったが、吉田拓郎さんは、この曲はかまやつさんへのプレゼントであり、かまやつさんが気に入らなかったら自分が歌う、と言い放ち、最終的にかかまやつさんが大変気に入り、かまやつさんのシングルとなったのだ。

歌詞は題名のままに、昔ながらの友人との思い出を、エピソードを取り入れながら懐かしむ内容だ。

曲は6つのパートに分けられ、その中にシンプルでタイトなAメロとサビの繰り返しであるが、パート毎のシーンに合わせて曲調の違いを出す点が実に素晴らしい。

ミディアムテンポのロックであるが、このノスタルジックな世界観が漂うオケに、この歌詞が絡み合い実に気持ちが良い曲だ。



・野良犬


1976年に泉谷しげるさんによってハッピーバースデーされたアルバム"家族"に収録され曲だ。

泉谷しげるさんは、高校中退後にローリング・ストーンズに憧れてロックバンドを結成していたほどであったが、18歳の時に自宅が家事で全焼してしまい、たまたまバンドメンバーから預かっていたエレキギター、アンプなどの楽器が全て燃えてしまったため、アコースティックギター1本から、音楽への道を再出発する事になる。

1971年にフォークシンガーとしてデビューを果たし、1972年に発表したアルバム"春夏秋冬"の表題曲"春夏秋冬"は泉谷さんの代表曲となる。

しかし、それ以降はやはりロックが根底に潜んでいたが故に曲はどんどんロック化していった。

この曲は筆者のフェイバリットな曲の1つである。

ひい、ふう、みい、よう、と泉谷さんのカウントから曲が始まる。
アコースティックギターのカッティングから始まり、やがてピアノがギターに絡みつき、Aメロに入るとピアノが裏拍をとり、ジャジーかつブルージーな唯一無二の世界観を醸し出す。

アコースティックギターとピアノだけなのだ。
しかも、コードはAm、Dm、Emのスリーコードで、実にソリッドにシンプルなミドルテンポのロックだ。

歌詞は抽象的で、野良犬というワードを用いる事によって場末の街を想像させ、そこで繰り広げられる人間の矛盾と本性を示す雰囲気である。

このボーカル、緩急のついたカッティングが素敵なアコースティックギター、踊り舞うピアノによるソリッドな曲の雰囲気と、野良犬のうろつく街の雰囲気がお互いを高め合う名曲なのだ。



・あの素晴しい愛をもう一度

1971年に加藤和彦さんと北山修さんの連名でシングルとして発表された曲だ。

今回の企画を思い付いた時に、まず決めた事は、この曲を最後に置く事だった。

フォークだ、ロックだ、時代なども鑑みて他の曲をセレクトしてきた訳だが、この曲に関してはジャンルや時代の壁を遥かに超える大名曲だからだ。

加藤和彦さんと北山修さんは1968年に解散したザ・フォーク・クルセターズのメンバーである。

元々はこの楽曲を女性フォークデュオのシモンズのデビュー曲として、加藤和彦さんと北山修さんにオファーされた楽曲であったが、最終的に加藤さんと北山さんが歌う事になった。

なんとこの大名曲の作曲を加藤さんは1日で、作詞を北山さんが1日で書き上げた、という信じ難いエピソードが残る。

イントロのアコースティックギターによるスリーフィンガーだ。
実に煌びやかで美しく、少し切なさをトッピングした素晴らしいメロディに心一撃でを鷲掴みにされる。

構成としては、シンプルにAメロ、Bメロ、サビから成るパートを3回繰り返し、3回目は転調する。

歌詞はストレートかつシンプルな失恋ソングだが、ストレートさとシンプルが故に、主軸となっているアコースティックギターによるスリーフィンガーの煌びやかで美しさと、ストリングスが見事に花を添えるオケと見事に交わり合い、実に気持ちの良い大名曲となっているのだ。


(後記)

時代と共に音楽のジャンルもパラレルにそのカテゴライズだったり、印象だったり、悪く言ってしまえば偏見の様な事があったりするのかもしれない。

絵画、小説、映画と同じだ。
心に響けばジャンルなんて、どうでもよい話なのだ。

今回フォークという自分の中の引き出しを久々に開いて曲と対峙してみて、素晴らしい楽曲を今の自分が聴いてみて、音楽とはなんと素敵なことか、と再認識させて頂いた次第だ。

またフォーク編をやる事にする。
時代錯誤と言われ様が。

読んでくださった方々へ
ありがとうございました。

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