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【私を構成する5つの漫画】皮膚の下をぴりりとめくるような物語が好き

「自分を構築する漫画」というのは、積極的にそれを選んだというより、気づいたらそれが自分の一部になってしまっていて、引き剥がしたくても引き剥がせず、恥ずかしくても捨てられない、そんなものなのかもしれない。

だから「好きな部分」を語ることはできるけれど、なぜその作品なのか、どう自分を構成しているのかを語るのは、案外難しい。どうにも歯切れが悪くなってしまう。

それでもこうやって並べてみるのは面白かった。

「好き」でも「繰り返し読んだ」でも「思い出の」でもなく「私を構成する」というテーマなのがニクイ。それにしても表紙に拳銃登場率が高くて物騒なことになってしまったのには驚いた。

心の中に何人にも阿らないヤクザを飼っているのは、この漫画たちのおかげかもしれない。  

■永遠のバイブル『BANANA FISH』

愛する、というのはこの漫画に登場する「ぼくは運命から君を守りたかった」であり、「くやしいけどまだ愛してんの」なのだと思う。愛がどれほど人を救うかを、しみじみと知った。
私たちはつい容姿や能力、腕力、収入、学歴などわかりやすい指標にすがりがちであるが、「持っている」者が幸福で強いとは限らないと主人公アッシュは教えてくれる。単純にストーリーがめちゃくちゃ面白い。迷わず選んだ。吉田秋生先生はこの世で1番好きな漫画家。  

■人間のどうしようもなさが切ない『サイボーグ009』

彼らはヒーローだけれどもどこか悲哀を帯びている。それは彼らが兵器として改造されたサイボーグだから。強大な力を持っているけれども、搾取された側であり、利用されようとしている側だ。元々、改造のために拉致されるくらい、社会との繋がりが薄かったり、立場の弱い者たちだった。
彼らは人々を守るために戦うが、彼らを生み出したような人類を守る意義はあるのか。人間と機械の間の存在としての葛藤や、仲間であるギルモア博士ですら暴走し、調子に乗って改造し過ぎてサイボーグを傷つけるエピソードが挿入されるなど、どうしようもない人間の弱さ、愚かさ、切なさが描かれているところが好き。そのどうしようもなさを、不思議と愛しく思うのは、作品の力なのか、私の趣味なのか。
文庫版を読んでいたら途中最終回があったのに、次のページから何事も無かったかのようにまた漫画が始まってびっくりした。
加速装置が壊れる回が印象深い。夢に出そうなくらいこわかった。

■たとえ何があろうとも我が道をゆく『最遊記』

思春期の、影響を受けやすい時期にどっぷり浸かっていた作品。挙げるのがなんとなく気恥ずかしかったけど、やっぱりあのクサいようにも思われる台詞たちに背中を押されていた。誰が何と言おうが、周りにどう思われようが、己の進みたい道をゆけ、というのが一貫したメッセージだったように思う。
基本的に穏やかで摩擦を起こさないように生きているけれど、心の中に誰にも犯させないヤクザを飼っているのはこの作品の影響かもしれない。
垂れ目で温和で物腰が丁寧で中身が物騒なイメージカラーが緑色の、cv石田彰にめっぽう弱い。垂れ目の無精髭にも弱い。
他作品でもこれらの要素を持ってるキャラクターに心を射抜かれがち。たぶん前世で垂れ目に殺されたんだと思う。

■さよなら平凡な日々『BLACK LAGOON』

普通の商社マンだったロックが、どんどん裏社会に馴染んでいく様が好き。転落ではない。じわじわと、タフで食えない、バケモノじみたやつになってくのにヒリヒリする。
「ヨルムンガント」が好きと言ったら勧められ、まんまと一気読みしてしまった漫画。
この作品に出てくる女性は皆、べらぼうに強く、おっかなくてクレイジーなのに、かわいいからずるい。
同じ人間のはずなのに、一線超えてクレイジーな人々にはどうしようもなく惹かれる。
読んでいると頭がブンブン、ヒートする。台詞まわしや動きがかっこいいよね。

■女であることを受け入れるために『櫻の園』

5作目を選ぶのにはとても苦戦した。
でもこれしか浮かばなかった。

これしか浮かばなかったのにすぐに認められなかったのは、私のやわく、滅多に外に出さない、あまり出したくない部分に深くかかわっているからだ。

これは女子校を舞台に、4人の高校生の心模様を描いた物語。それぞれが自分の「女」である部分に揺れている。セックス、胸の大きさ、生理、恋愛、片想い、他者からの評価など、切り口は様々だが、そのどれもが胸に迫って、思春期に何度も何度も読み返し、順々に感情移入しては涙した。
第二次性徴がはやめだったので「ませている」という言葉がまるで罪のように心に刺さっている志水さんには特に思い入れが強い。「しっかりしてる」と言われるより「かわいい」と言われたかったなんて、刺さりすぎて苦しいくらいだ。
女だからって色々制限されるのも、ナメられるのも嫌いだった。対等な力があると思っていたし、急に背が伸びて身体能力が上がる男子を見ているとなんだか悔しくて、なにくそと驕ってる部分もあったので、杉山と俊ちゃんのエピソードも胸に迫るものがあった。本当は男の子ってやさしかったんだ。

あの頃の、繊細で、まだ途中過程で、守られながら傷つけられていて、自分でもよくわからないままもやもやしていた心情を、驚くほど精緻に描いてくれた作品だ。今も女であることを完全に受け入れられたわけではないけれど、この漫画がなかったら、苦しい時期を乗り越えられなかったかもしれない。この漫画に出会わなかったことを考えると、ぞっとする。各話につけられた「花」のつく言葉のタイトルも美しい。『吉祥天女』もおすすめ。

「自分を構成する漫画」とは

さて、私はハードでボイルドでガンアクションなのが好きなのだろうか。もしかしたら、攻撃的な面があるのかもしれない。正直なところ、キャラクター達がぶつかり合い、傷つけあってくれると興奮する。日頃は平和を愛して生きているのだけれど。目をそらして誤魔化して生きるよりは、ちゃんとぶつかり合う方を本音では好みつつ、ほどほどに生きているのだと思う。

それからどうしようもない不条理に踏みつけられながらも、生きている人々が好き、かもしれない。
それは必ずしも前向きでカッコよく綺麗ではない方が好みだ。流され、時に失敗し、死にかけながらもそれなりに生きている姿のほうが、どちらかといえば希望を感じる。
強くて弱い人が、好きだ。

おそらく、人間の皮膚の下をぺりっとめくった先をみせてくれる作品が好きなのだと思う。
その下にあるのがグロテスクで目も背けたくなるような醜いものでも、熱く眩しい生き生きとした血潮でも、おどろくほど繊細で触れるのがこわくなるような部分でも、なんでも構わない。

日々ニコニコしたり、怒鳴ったり、とにかく動いたりしている私たちの、この身体の奥、皮膚の下に、本当は何があるのか見せてくれる作品が好きだ。
今後もそういう作品に出会いたい。

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