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テレビ公開捜査とミッシング(蒸発)人がいなくなること。

「僕さ寂しってことはないんだ。とさんが死んでも。」
映画「ある男」より
 1987年 日テレ系「お昼のワイドショー」の「テレビ公開捜査」を当時やっていた。大きなパネル写真の前で家族が涙ながらにうったえていた。お昼の12時から放送の人探しの番組は37年前だ。  日テレのTVの情報をたよりにデレクターの真山さんと探偵さんと車輌で移動して蒸発した人を探し家族を合わせる番組の車輌のドライバーをしたことがある。成り変わり なりすまし 蒸発 失踪 誘拐 拉致 家出
「テレビ公開調査」失踪者探しの番組。オープニングからすごい。
パトランプの映像と共にサスペンスの音楽。本日の蒸発者、捜索人
今日取り上げる人達を紹介し巨大な白黒写真付きで。1人ずつ取り上げる。効果音楽が大げさで、画面いっぱいの文句のタイトル、白黒写真。小学生の男の子と父親が出てきて、お母さんを探してますって話でお母さんの巨大写真があり、お母さんの足取りをおう。お母さんのカラーパネルのフリップと写真。視聴者に情報提供を呼びかける。その電話は大勢の電話待ちのスタッフ。お母さんに対する有力情報を専属の探偵が精査して
逃走されないように、「○○君(男の子の名前)、お母さんは△県のパチンコ屋で働いていましたよ」とかの偽目撃情報も入れつつ。当事者同士を面会させその場面を撮影すという番組
父と子供と母。飛び交う怒号。喜びと涙。情報を頼りに蒸発者を発見。家族を部屋にいれる、ディレクターがあいだに入るが怒ごうの30分である。蒸発する方もそれなりの理由があるが、される方はいろんな事態が生じて大迷惑なのだ。
 令和三年は78,128人の捜索願が出ている。そのうち9割は見つかる、届出も出されていない、消えたか消えていないかも分からない行方不明者がいる。警視庁が扱う変死体は年間約2万人。多くは身元が分かるが120~130体は届け出もされてなく、人定できない。寺や役所などに年間約3千の遺骨が安置されている。遺体が見つかるケースが1%。
 1970年から1978年ごろの失踪事件が日本海沿いであり。数十件もの失踪・誘拐未遂事件が発生していた。ディレクターの真山さんは当時からそのファイルをXファイルと呼んで北朝鮮よる仕業と考えていた為、拉致されたと思える人たちはこの番組で取り上げられるとは無かった。TVにタブーは確かに存在していた。(元ジャニーズ問題もTV局のタブー)のちに拉致疑惑問題として大きな記事になった。この問題は今でも解決していないし、今後解決するめども立っていないのが現状だ。何度もこれらの番組で捜索を続けていた坂本弁護士家族の失踪も、後にオウム真理教の仕業であったことが判明した。このような公開捜査番組は最近では個人情報保護法やTV局のコンプライアンスで制作放送するのが難しくなっている。番組の最後にほうに行方不明者の父親や母親がカメラの前で呼びかける「○○ちゃん! いつでも帰っておいで。母さんね、いつでも帰りを待ってるからね」
 失踪状況を紹介する。肉親の切実な叫びを聞かせる。写真パネルには黒地に白抜きの文字で「自宅前で姿を消した○○さん(18)と書いてある。続いて、不明者がいなくなった場所をレポーターが歩きながらレポート。○○さんは「ちょっと散歩に行ってくる」と言ったまま、この交差点を最後に姿を消してしまいました…」淡々と語るレポーター視聴者に訴える。スタジオに戻ると、行方不明の状況や不明者の特徴を説明したパネルが映し出される。
 「昭和53年7月XX日、国鉄○○駅で目撃されたのを最後に消息不明」「所持品:紺色のマジソンバッグ」「ジーンズ地のキュロットスカートに白のブラウスを着用」「体重XXキロ、身長XXXセンチ、顔面のXXXXXXが特徴」
遺留品のカラー写真などなど何と不適切な番組でしょうか。個人情報だだ漏れ。ただ昭和という時代を「不適切」処理していいのか。
現実は令和3年の自殺者数は21,007人。行方不明者は79,218これでも、人統計上では昭和31年以降で最少なのだ。
 何も告げず家族のもとを離れ、人定につながる所持品も残さず亡くなった身元不明の遺体。全国で2万体、東京都だけで3千体。身元が確認されない遺体は約100体。それでも平和な日本。元気な人は金儲け、日経平均は4万越え。政治家は裏金使い放題。物価は上がり放題、大災害も起こる。細かく税金収集。ゴミ袋も買い物袋もスプーンも有料。その割にはジャブジャブと補助金。ご意見番はいないのか、日本を憂うヒローは、ドラマの中だけなのか。未来を託す子育て世代は、大丈夫か。心配の種は尽きない。「TVの力」が信じられた時代の昭和の正義というものが、あったのだ。警察も捜索願が出たからといって受理するだけで、事件性が無ければ探すことはない。今思うと不思議な番組だった。令和の時代に相応しいテレビ公開捜査番組が復活してほしいものです。令和の時代では、映画にするしかないかもしれない。

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