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始まった北朝鮮の軍事挑発

1月5日、北朝鮮が韓国領に近い黄海で約200発の砲撃を行いました。
年末に北朝鮮の金正恩総書記が韓国について「もはや和解や統一の相手ではなく、交戦国」と位置づけ、軍事挑発を拡大させると宣言したので、驚きはありませんでしたが、新年早々、要注意です。
※冒頭の写真は延坪(ヨンピョン)島から見た北朝鮮領


有言実行

韓国やアメリカ、そして日本に対する罵詈雑言を毎日のように発する北朝鮮ではありますが、基本的には有言実行の体制です。何かを「やる」と内外に宣言したら、たいてい本気です。
国力の面で韓国から大きく引き離され、超大国アメリカとの対立が終わらない小国の北朝鮮としては、「吠えているだけ」とナメられては体制が危うくなるという意識が強いのです。

ですので、年末に金正恩氏が「(朝鮮半島の)南の全領土を平定する軍事行動」ウンヌンと述べたことが明らかになったとき、軍事挑発は必至だとみていました。今回の砲撃は、残念ながら、始まりに過ぎないと思います。

死傷者が出た2010年の延坪島砲撃

5日の砲撃は、黄海に浮かぶ延坪島と白翎(ペンニョン)島の北方海域に撃ち込まれました。北朝鮮は「実弾射撃訓練」だったと説明しています。

砲撃はいずれも韓国が海上の境界線とするNLL(北方限界線)の北側、つまり北朝鮮側の海に着弾。
2つの島に被害は出ませんでしたが、島民たちには待避所への避難命令が出る騒ぎとなり、韓国軍は対抗措置としてK9自走砲などを使って海上への砲撃訓練を実施しました。

ご記憶の方が多いかと思うのですが、2島のうち延坪島は2010年11月に北朝鮮から砲撃を受けています。このときは軍人と民間人計4人が死亡、19人が負傷する事態に。

1953年に朝鮮戦争の休戦協定が結ばれて以降、北朝鮮が韓国の領土に攻撃を加えたのは、この延坪島砲撃が初めてでした。つまり、このとき、休戦協定は実質的には破棄されたのです。

のちに、北朝鮮国営メディアは金正恩氏が延坪島攻撃を指揮したと伝えています。

当時の韓国・李明博(イ・ミョンバク)政権は大規模な報復攻撃に出ようとしました。しかし、アメリカのオバマ政権(当時)は朝鮮戦争の再開にまで事態がエスカレートするのを嫌ったのです。早々に「米軍は行動しない」と表明し、李明博政権に「北朝鮮と同規模か、やや上回るくらいの報復攻撃」でとどめるよう働きかけました。

結局、韓国軍は北朝鮮にお返しの砲撃を喰らわせた(それなりに北朝鮮側に被害は出たとされます)ものの、何倍もの攻撃に出るのは見送りに。
軍部は歯ぎしりしました。

この2010年の砲撃について、朝鮮総連の幹部は私に「休戦協定を破っての攻撃に出てもアメリカは動かなかったのは、我が方(北朝鮮)にとっての勝利だったんだよ!」と鼻息荒く語ったものです。

2024年、手始めに北朝鮮が延坪島の住民たちを再び怖がらせたのは、2010年の記憶が韓国社会で鮮明に残っているからでしょう。

どこまでエスカレートするか

今回の黄海における砲撃に関して北朝鮮の朝鮮人民軍総参謀部は声明を出しました。それを読むと、韓国のことを「大韓民国」と呼んだうえで自分たちの砲撃は韓国軍が陸上で行った訓練への対抗措置で正当なものだと主張。そして、締めのコメントは、次のような内容です。

民族、同族という概念は、すでに我々の認識から削除されている。

http://kcna.kp/kp/article/q/505f72f4766a30c61f6d5b7ed20ce19f.kcmsf

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