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地域のつむぎ手の家づくり|木をリスペクトし、その魅力を最大限に引き出す。信頼する仲間と共に世界へ羽ばたく <vol.22/素朴屋:山梨県北杜市>

【連載について】“地域のつむぎ手の家づくり”って、なに?
家づくりをおこなう住宅会社には、全国一律で同じ住宅を建てる大規模な会社や、各地方でその土地の気候に合った住宅を建てる小規模な会社など、さまざまな種類のつくり手がいます。その中でも、その地域ならではの特色や、そこで暮らすおもしろい人々のことを知り尽くし、家をつくるだけでなく「人々をつなぎ、暮らしごと地域を豊かにする」取り組みもおこなう住宅会社がたくさん存在します。
この連載では、住宅業界のプロ向けメディアである新建ハウジングだからこそ知る「地域のつむぎ手」を担う住宅会社をピックアップ。地域での暮らしづくりの様子をそっと覗かせてもらい、風景写真とともにお届けします。

今回の<地域のつむぎ手>は・・・

「どこまでいっても俺はきこりがルーツなんだよね。木は生き物で、人や動物と同じように接することが当たり前。命をいただいて家をつくっているということを絶対忘れちゃいけないと思う」。そう話すのは素朴屋(山梨県北杜市)代表の今井久志さんです。伝統構法による木を大切にする家づくりにこだわりながら、きこり出身の工務店経営者として信頼を寄せる仲間たちと共に世界へ羽ばたく夢を描いています。

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代表の今井久志さん

がっしりした体格と丸刈りにした頭に、日焼けした肌というワイルドな風貌にもかかわらず、今井さんの物腰は柔らかく、語り口は穏やかです。きこりの魂を忘れないとは言いますが、雰囲気的には器の大きい大工の棟梁そのものです。

今井さんは建築とは無縁の学生時代を送りました。「海の男になりたい」と、地元の埼玉県入間市から東京都立大島南高校海洋科に入学。卒業後は、水産大学漁業科に進学し漁業を学ぶことに没頭しました。しかし、大学卒業が間近に迫り「本当にやりたことは何だろう」と自問自答した結果、「海の男」への道は進まないことを決断しました。卒業後は、友人のつてたどって長野県の林業が盛んな木曽地域の会社に就職しました。

きこりとして1年間働いた後は、海外を放浪する旅に出ます。「ずっと遊んでいるわけにいかない」と、カナダのバンクーバーでログハウス専門の住宅会社に就職したそうです。拙い英語を操りながら約3年間働き、結婚を機に帰国。縁もゆかりもない山梨県に移住し、再びきこりとして働いた後、2006年に素朴屋を創業しました。

「なんでも屋」として事業スタート

創業後は、きこりの経験も生かしながら木の特殊伐採を中心に「なんでも屋」として事業をスタート。地元の工務店や建設会社、不動産会社などを片っ端からドブ板営業してまわり、仕事を取っていきました。今井さんは「何か志や想いがあったわけではなく、自分にやれることを精一杯やろうとしていただけ」と当時の心情を吐露します。

ウッドデッキの製作からリフォーム、建築現場の応援まで幅広い仕事をこなしながら、伐採事業で得る利益を建築事業に投資し、徐々に工務店業へとシフトしていきました。「林業だけで将来も事業をやっていくというイメージが湧かなかった。バンクーバーでのログハウスづくりの経験や、きこりとして木を最も知っているという自負もあったので、建築にシフトするのは自然な流れだった」と今井さんは話します。

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木を生かす手刻みの家づくり

今井さんは建築事業を手掛ける上で決めていたことがあります。それは「木をリスペクトし、自然が与えた命を大切にする」ということです。「当たり前だけど木は生き物で、切る行為は殺すことを意味する。きこり出身だから、傍から見ればただのエゴに聞こえるかもしれない。けどそれが当たり前の世界になってほしくないし、そうした考えの家づくりには抵抗がある」と今井さんは語ります。

こうした考えから、木が持っている魅力を最大限に引き出す、手刻みによる家づくりを自然と行うようになっていきました。今井さんは「自然の力に抗うことはなく、素材が持っている魅力を最大限に引き出して家をつくることなら自分にできる。たとえば自然が生み出した黄金比がある。使いにくい木でも、どう生かせるかを常に考えている。建築畑出身の設計者とは思考回路が違うのかもしれない」(今井さん)。

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昨年は、本社の敷地内に、伝統構法の「石場建て」も採用した加工場と平屋の事務所を建築しました。加工場は越屋根で天井からは太陽光が差し込み、開放的な場所で職人たちが木を刻みます。事務所から、天気のいい日には富士山を一望することができるそうです。

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やりたい家づくりを貫く

素朴屋には、社員大工5人が所属しています。専属大工2人とともに7人の大工によって家づくりを手掛けています。今年度の新築受注は4棟を見込むという今井さんに、会社規模(社員・パートあわせて15人)に対し、その受注棟数では経営が厳しいのではないかと聞くと、今井さんは「確かにその通りかもしれない」としながらも、「設計通りの空間の再現や細かな納まりなど、社員大工でなければできない仕事がある。リスクを取ってでもこの体制でやれなければ、自分たちのやりたい家づくりは貫けない」と言い切ります。

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ベトナムから人材受け入れ

同社には今年4月、31歳のベトナム人のドゥオン・ハック・タウグェンさんが「高度外国人材」の枠で入社しました。ドゥオンさんはベトナムの4年生大学で建築を学んだ後に、ホーチミンのコンピューター会社に就職しましたが、建築への夢を諦めきれなかったそうです。「やっぱり建築がしたい、その中でも木造にチャレンジしてみたいと考えました。東京や大阪ではなく、自然に囲まれた場所で伝統的な建物を建ててみたいと思っていたところ、縁があって今井さんに入れてもらいました」とドゥオンさん。「大学では木造建築は少ししか学んでこなかったから、毎日が勉強です。木造はとても難しいけど、今井さんから日々教わることが多くて楽しい。将来もこのまちにずっと残って自分が設計した木造住宅を建てるのが夢です」と笑顔で希望を語ります。

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パリのイベントに「茶室」出展

今井さんは、北杜市から世界へ羽ばたく夢を描いています。ベトナムのハノイに設計事務所を立ち上げて設計担当を置き、施工は現地企業と自社の大工などのチームで行う具体的な計画もあります。今井さんは「今こうして工務店経営をしていて思うのは、日本の木造建築はピカイチで、繊細な技術は確実に世界で通用するということ。木造建築の普遍的な形を残しながら、現地にあわせてつくっていけば大いに可能性はある」と訴えます。将来的には、ドゥオンさんが“架け橋”になってくれることも期待しています。

今年9月9日から13日までフランスのパリで開かれたインテリア・デザインショー「MAISON & OBJET PARIS」に、メイド・イン・ジャパンの「石場建て茶室」を紹介しました。金属をほとんど使わず、ヒノキ、スギ、カラマツ、アカマツ、ヤマザクラの木材を伝統構法で組む建物です。今井さんは「茶室を通じて、自分たちの伝統構法を知ってもらえればうれしい。海外進出への足掛かりになるかもしれない」と話します。

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取材中、今井さんは「この仲間たちと家づくりをしていきたい」と繰り返し語っていました。「伝統構法をやりたい、素朴屋の家づくりがしたい、と門を叩いてくれた。夢はなかなか実現するものじゃないけれど、この仲間とずっと追い求めていきたい」と話す姿が強く印象に残りました。

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素朴屋が手掛けた住宅の施工例

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素朴屋が手掛けた厩舎

文:新建ハウジング編集部
写真:素朴屋提供

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