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地域のつむぎ手の家づくり|「本物」を探し求めた末に たどり着いた伝統構法の家 <vol.17/小坂建設:長野県長野市>

【連載について】“地域のつむぎ手の家づくり”って、なに?
家づくりをおこなう住宅会社には、全国一律で同じ住宅を建てる大規模な会社や、各地方でその土地の気候に合った住宅を建てる小規模な会社など、さまざまな種類のつくり手がいます。その中でも、その地域ならではの特色や、そこで暮らすおもしろい人々のことを知り尽くし、家をつくるだけでなく「人々をつなぎ、暮らしごと地域を豊かにする」取り組みもおこなう住宅会社がたくさん存在します。
この連載では、住宅業界のプロ向けメディアである新建ハウジングだからこそ知る「地域のつむぎ手」を担う住宅会社をピックアップ。地域での暮らしづくりの様子をそっと覗かせてもらい、風景写真とともにお届けします。

今回の<地域のつむぎ手>は・・・

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古い蔵などで見かける「置き屋根」と漆喰仕上げの土壁が印象的なM邸は、長野県千曲市の自然環境に恵まれた240坪という広い敷地に、筋交いや金物、合板を使用しない伝統構法によって建てられました。30代のMさん夫婦が、小学5年生と3年生、1歳の3人の男の子をのびのびと育てながら、健やかな暮らしを営む現代型の民家です。伝統構法にこだわりながら、技術の継承と大工の育成に力を注ぐ小坂建設(長野県長野市)が設計・施工を手掛けました。

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M邸を訪れて驚いたのは、施主がまだ若い夫婦ということです。伝統構法の住宅の施主像に対し、懐かしさも含めて依頼してくるシニア世代が多いというイメージ(先入観)があったからです。

Mさん夫婦は、最初から和風や伝統構法でつくる住宅に興味があったわけではないそうです。もともと凝り性だというご主人は、ハウスメーカーのモデルハウスが建ち並ぶ展示場巡りからスタートし、家づくりについて研究を重ねましたが、数多くの住宅会社の家を見れば見るほど、つくり方を知れば知るほど、「何となく、これは“本物”ではないという感覚が募っていってしまったんです」と振り返ります。

職人の技術を結集

そこでMさん夫婦は、本物をキーワードに家づくりについて自分たちなりに学びを深める中で、小坂建設が木と土でつくる伝統構法の家にたどり着きました。ご主人は特に「土壁」の魅力に惚れ込んだそうで、オーガニックな素材、シンプルなつくり方、美しさ、機能性(蓄熱・調湿・脱臭)など「正真正銘の本物、そこには偽りが入り込む余地がない」と絶賛します。

Mさん夫婦は、自邸を新築するのにあたり、小坂建設の社長の小坂浩一さんに、「本物の素材を用いて、大工さんをはじめとする一流の技術を持つ本物の職人さんが、その技術を思う存分発揮できるようにしてほしい」と要望しました。その結果、漆喰仕上げの土壁も、1階の土間に張られた長野県産の鉄平石も、左官職人と石工職人がそれぞれ「こんな面積を施工した経験がない」と口をそろえるものとなりました。

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社長の小坂浩一さん

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木材に関して言えば、M邸の柱や梁・桁などは全て、品質の高さで知られるブランド材の「木曽檜」です。小坂建設の高い技術を持つ大工が、丁寧に墨付けや刻みを行い、組み上げました。それによって生み出される空間は、強さと使いやすさ、美しさの「強・用・美」を兼ね備えています。玄関を入るとすぐに迎えてくれる、美しい木組みの吹き抜け空間に思わず目を奪われます。

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快適さを自らの手でつくる

M邸には、暖房用の大型の薪ストーブはあるが、エアコンはありません。ご主人は、蓄熱や調湿といった土壁の力(機能性)と、自身のたっての希望で取り付けた“無双窓”なども活用しながら、「信州の気候にあった快適さを自らの手でつくっていく」と語ります。外の緑を見ながら、清々しい板の間でご主人の話に耳を傾けていると、土壁と自然の力によって生み出される快適さが、説得力を持って体に伝わってきます。そういえば小坂さんも「うちの伝統構法(の家)のお施主さんはみんな土壁の空間の快適さに驚くんです。中には、わざわざ感謝の手紙をくれる人もいます」と話していたことを思い出しました。

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M邸のシンボルとも言える置き屋根も、伝統的な建築様式を再現したというだけではなく、むしろ快適な温熱環境を創出するために、小坂さんとご主人が2人で研究を重ねて、戦略的に採用したものです。普通であれば屋根面になる部分には、木摺り下地を施工し、壁と同じように土を塗り漆喰で仕上げています。その上に、風が通る隙間を設けて置き屋根を施工。これにより夏場は太陽の直射を防ぎ、冬場は室内の熱が大気中に放出されてしまうのを抑制し、室内の温熱環境の向上に貢献するそうです。

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できるだけ機械的なものに頼らず、その土地ならではの気候や自分たちの知恵と工夫によって「無理のない快適さ」を手に入れようというMさん夫婦のアプローチに、理屈抜きで感心させられると同時に、“主体的な暮らし”を営もうとする生活者の姿を見た気がしました。

「キッチンに立った時にリビング越しに正面に見えるウメの木」「濡れ縁に寝転んで見る雨樋のない屋根から落ちる雨滴」―など、ご夫婦がうれしそうに語ってくれる「自宅の中の好きなシーン」に耳を傾けていると、外の田んぼのわきの水路でザリガニ捕りに興じていた子どもたちが、びしょ濡れのまま勢いよく土間に転がり込んできます。その瞬間、この暮らしの健やかさや豊かさを支えているのは、確かに家だと実感(納得)しました。

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無駄がない木組みに真の“構造美”が宿る

小坂さんは、M邸について「特別なものをつくったわけではなく、受け継がれる日本の伝統的な建築文化そのままにつくっただけ」と淡々と語ります。「意匠(デザイン)的な部分に関しては個人(住み手・つくり手)のセンスをできるだけ排除しながら、地域の大工が、その風土から自然発生的に生まれ、熟成されてきた木の組み方で建てる。そうすることによって、100年以上たった後でも価値を失うことのない“普遍的な家”になる」と小坂さん。

「伝統構法では、意匠的に使っている梁や柱は1本もない。全てが、構造的に、それぞれの役割を背負っていて、太さや大きさにも全部、意味がある。地震の際には、文字通り“みんなで支え合って”揺れに耐える。無駄なものが1本もないからこそ、その木組みの空間には真の“構造美”が宿る」と熱っぽく語る小坂さんの言葉に、伝統を継ぐ者としての矜持を感じました。小坂さんによれば、「格好よくしたい」「きれいに見せたい」という意図は、むしろ美しさを阻害する“ノイズ”になるそうです。

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地域に溶け込み、長く気持ちよく暮らせる家を後世へと継承していくために、「最も重要なのは伝統的な技術を持つ大工の存在」と言い切る小坂さんは、大工の育成に情熱を注ぎます。ただ、そのためにも実は、大工がその力を発揮できる現場、つまりはMさん夫婦のような顧客が地域に絶えずいてくれることがカギを握るのです。

伝統の和の住まいの魅力 幅広い世代に発信を

Mさん夫婦は「小坂さんのおかげで、本当に素晴らしい家ができた」と感謝しながら、「こうした家をどんどん広げていってほしいし、それを全力で応援していきたい」と力を込めます。その様子には、住まいと暮らしへの偽りのない満足感がにじみ出ています。

Mさん夫婦のように、伝統構法についてまったく知識のない若い世代が、地域の土と木でつくり、地域の自然に溶け込む環境・景観への親和性の高さや、シンプルで無駄のない構造など“ゼロベース”で伝統構法の家と暮らしの特徴を評価していることに、大きな可能性を感じました。実際に最近、小坂建設には、若い世代からの問い合わせも増えており、すでに置き屋根の採用を決めている施主もいるそうです。自然豊かな地方への移住や緑に囲まれた健やかな住空間へのニーズの高まりといったコロナ禍に起因するパラダイムシフトが影響しているのでしょうか。

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M邸の例は、持続的な環境・社会への人々の関心が高まる今こそ、伝統の和の住まいが持つ意義と価値をあらためて見つめ直し、それを知らない幅広い世代に伝えていくことの重要性を投げ掛けているのかもしれません。

撮影:原常由(アウトフォーカス)
文 :新建ハウジング編集長 関卓実

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