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地域のつむぎ手の家づくり|和のしつらえのある住まいと暮らしの豊かさを伝える<vol.9/建築工房悠山想:福岡県朝倉市>

【連載について】“地域のつむぎ手の家づくり”って、なに?
家づくりをおこなう住宅会社には、全国一律で同じ住宅を建てる大規模な会社や、各地方でその土地の気候に合った住宅を建てる小規模な会社など、さまざまな種類のつくり手がいます。その中でも、その地域ならではの特色や、そこで暮らすおもしろい人々のことを知り尽くし、家をつくるだけでなく「人々をつなぎ、暮らしごと地域を豊かにする」取り組みもおこなう住宅会社がたくさん存在します。
この連載では、住宅業界のプロ向けメディアである新建ハウジングだからこそ知る「地域のつむぎ手」を担う住宅会社をピックアップ。地域での暮らしづくりの様子をそっと覗かせてもらい、風景写真とともにお届けします。

今回の<地域のつむぎ手>は・・・

古民家の心地よさを現代の住宅に生かす

設立以来30年以上にわたり、職人の手による伝統的な手刻みの木材の木組みや漆喰塗りの土壁、瓦屋根の家づくりを貫く、建築工房悠山想(福岡県朝倉市)代表の宮本繁雄さんは「古民家が持つ空間の心地よさを、現代の住宅に生かしたい」と語ります(写真)。

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決して量を追うことなく、職人の技術をふるに生かして1棟を8~10カ月かけて丁寧につくるその姿勢には、「日本の暮らしと職人文化を後世に引き継いでいく」という気概を感じます。

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震災で伝統構法の知恵と工夫を学ぶ

宮本さんは、大学の建築学科で構造設計を学んだ後、公共物件や店舗などの施設建築を手掛ける会社の共同経営を経て、1993年、39歳のときに「もともとやりたかった住宅をやりたい」と悠山想を立ち上げました。その2年後に起きた阪神・淡路大震災が、後に自社の標準となる「伝統的な構法」に取り組むきっかけになったそうです。

10万棟以上の住宅が全壊した惨状を報道により目の当たりにして、「人の命を奪うような建築をつくってはいけない」と、それまで無批判に取り入れていた家づくりをゼロから見直しました。震源地に近い淡路島で、震度5~6の揺れを受けながら無傷で残った築100年を超える古民家の存在を知り、それが、「現代の耐震規定の性能からは程遠い古民家が倒壊しなかったのはなぜか」興味がわき、伝統構法の耐震メカニズムと知恵や工夫を学びました。

設計者と職人が一体に

悠山想では、宮本さんを含む設計士が、設計から現場の管理、材料の手配まで行います。「ディテールがしっかりした違和感のない空間」をつくるために、納まり施工図なども用意。設計専業の事務所と同レベルの設計力や管理機能を備えていることが、難易度の高い設計を、高い精度で再現できる理由です。ほぼ専属で同社の仕事に携わる大工をはじめ左官、建具、家具、電気、水道、瓦屋根などの職人たちの高い技術力も強みです。

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ものづくりの完成度と手間やコストのバランスをとりながら、設計者と職人が一体となって納まりを改善し、新しいデザインに挑戦し続けます。「自分がやりたい家づくりをするために、職人と一緒に切磋琢磨して技能を磨き、ここまでやってこれた」と宮本さん。「職人と一体で行う家づくり」を表すかのように、同社の敷地には、大工たちが構造材の墨付け・刻みといった作業ができる2棟の加工場があります。

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「数寄屋」の納まりを採用し大工のモチベーションを高める

職人が技術を磨き続けようとするモチベーションを高めるために、和室の造作では予算にあわせて「数寄屋建築」の納まりを採用。施主には積極的に「和のしつらえのある住まいと暮らしの豊かさ」を提案します。

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「施工事例を見た施主からの依頼が途切れない」好循環が生まれているため、職人たちのモチベーションもおとろえません。地元福岡出身で、数寄屋建築の代表格とも言える京都の中村外二工務店で修業した経験のある熟練大工が、体調の関係で昨年引退するまでの間に、若い大工たちに技術の神髄を伝承してくれたそうです。

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宮本さんは、ここ10年ほどの間に、ずっと一緒に仕事をしてきた職人たちの子ども世代(20~30代)が後継者として次々と職人デビューを果たし、自社の仕事に携わってくれることをうれしく感じています。優れた技能が確かに引き継がれていることを実感します。「おこがましいがかもしれないが、自分たちの家づくりが、日本の職人文化を後世に引き継いでいくという気概を持ってやっています。職人が親子で携わってくれることほど心強いものはない」と宮本さんは目を細めます。

古民家の精神を現代に蘇生 心地よく長持ちする住まいに

古民家は「2K2F(暗い・汚い・不便・冬寒い)と揶揄され、敬遠される存在」と宮本さん。自らの建築的工夫によって、それらの弱点を克服することにより「民家の精神を現代に蘇生し、現代の一般的な住宅より心地よく、長持ちする住まいを提供する」ことを自身のテーマとしています。

例えば温熱環境については、地元の工務店や設計事務所の仲間と開く勉強会に東京都市大学教授の宿谷正則さんを講師として招き、民家の部材(土壁や杉の無垢材)の蓄熱量や湿気容量等が熱伝達の放射(周壁温度)に大きな役割を果たしていることを学んでいます。

自社では、これまでの成果をもとに「間仕切りにも土壁を採用」「床・天井仕上げの無垢スギ板の厚みを30㎜から40㎜に」「屋根断熱材ウッドファイバー施工厚を120㎜から240㎜に」「薪ストーブと太陽集熱パネルを組み合わせた暖房」といったオプション仕様を提案。宮本さんは「単なる熱損失係数ではなく、放射、対流や伝導、蒸散といった人の体が感じる熱放散現象を細かく捉えた、新たな快適性のスタンダードを追求したい」と力を込めます。

これまでにない木造オフィス 伝統構法でリーズナブルに

宮本さんや悠山想に対する“追い風”となっているのが、古民家再生人気の高まりです。土壁漆喰塗り、大開口の木窓、薪ストーブ、太陽光集熱暖房といった現代の生活スタイルにあわせて同社が実践している伝統的な構法は、そのまま古民家再生にも応用することができます。近年では、伝統的な構法によるオフィスの新築も手掛け、新たな可能性も見え始めています。

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東日本大震災で被災したオーガニックリネン用品を販売する宮城県の企業から、「家づくりの理念に共感した」と、隣町に移転するためのオフィスの建築を受注しました。木造2階建てて、延べ床面積約500㎡の施設を、手刻みの構造材や土壁漆喰塗り、造作建具・家具などで完成させました。ダイナミックな木組みをあらわした空間や、素材感を生かしたシンプルな内装、屋外の豊かな自然環境を取り込む開口部などを備える「これまでにない木造オフィス」が誕生。12カ月の工期を要しましたが、建築コストは坪80万円に抑えることに成功しました。

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「必要なスパンにあわせた柱・梁サイズや架構方法の工夫で、伝統構法の延長線上でシンプルな大空間をリーズナブルな価格で実現できることがわかった」と宮本さん。この実例が、同社にとって新たな地平を切り開くと手応えを感じています。「現在の日本では、プラスチック製の建材や接着剤にまみれ、大量の廃棄物を発生する住宅が“主流”で、資源循環する素材にこだわる我々の家づくりはもの好きのためのニッチとしか捉えられていない。だが、コロナ禍を経て、今後国や企業でも循環型経済を志向する傾向が強まっています。建築分野でも我々のような取り組みがもっと幅広く受け入れられていくはずです」と宮本さんは、この先を見つめています。

文:新建ハウジング編集部
写真:建築工房悠山想

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■『和風住宅23』
​​~数寄屋建築の魅力を探る~
本文にも登場している​「数寄屋」を特集しています。そもそも数寄屋とは何なのか、数寄屋の住宅の美しさはどこにあるのか、実際の建築を交えながら読み解いていきます。

■『和MODERN13』特集”「いま」と溶け合う”
現代の住宅に和の要素をバランスよく盛り込むさまざまな工夫がされた、上質な和モダンの住まいとして成立させるための手法が学べる1冊です。



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