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おすすめ本:「新版 障害者の経済学」

このマガジンは、最近読んで面白かった本をピックアップ。
本から学んだことを障害福祉に置き換えながらご紹介していきます。

今回の本は「新版 障害者の経済学」。
著者は、慶応義塾大学商学部教授の中島隆信さん。

一度、ご講演を聞かせてもらったこともありますが、経済学者としての客観的で冷静な視点はとても面白い内容でした。
本書でも、同じような切り口で語られていて、ズバッと切り込む書き方は経済学者として感じる疑問や違和感をわかりやすく解説している一冊です。

自分が長く働いてきた福祉の現場を「冷静に振り返る」ための大事な一冊。
気になったテーマをいくつかご紹介したいと思います。

障害者問題の根底にあるもの

第1章は、このテーマから始まります。
「そもそも障害者って何だろう」と書かれたページでは、障害の捉え方を「医学モデル」と「社会モデル」で解説。

(医学モデルは障害を個人(機能不全)で定義し、社会モデルは障害は社会のほうにあるという考え方。)

福祉制度の考え方が「転ばぬ先の杖」という発想であると筆者は指摘されていて、「医学モデル」の考えで「杖」を与え、行政が社会的弱者に責任を果たしたことを世間に納得してもらう仕組みであると書かれていました。

また、本書では福祉事業者に対して、こんなことも書かれていました。

(本文より)
障害者を「社会的弱者」として公式認定すれば、他方で弱者を保護し居場所を与える役割を担う人たちが必要となる。それが福祉事業者である。そこで働く職員は、その仕事の性質上しばし「善行」をする人たちとみなされる。
もちろん、福祉的活動自体に問題があるわけではないし、それを職員たちがどのような動機で行おうと自由である。問題となるのは、「善行」とみなされることで起こりうるし資源配分の歪みである。

善行にカネ儲けは似合わないということ、社会的弱者のお世話をするというお墨付きを得たことは、世間を「思考停止」にしていると指摘されていました。

(本文より)
私たちの社会には、はじめから障害者という特別な存在がいたわけではない。障害者を生みだしているのは私たち自身であるという気づきが、障害者問題に取り組む上での第一歩なのである。

障害者問題は、世間に対してもっとオープンにする必要があるように思います。
「善行」と思わず、疑問点や不思議に思う人が増えることでよりよくなっていくのかもしれない。
そのためにも、福祉事業者で働く人は、障害のある人と地域や社会との接点を意図的に増やす努力が必要なのだと思いました。

障害者施設のガバンンス

第5章では、「ガバナンス」が取り上げられています。

(本文より)
福祉サービスは障害者自身が対価を支払うわけではない上に、事業者に対する資格要件など参入規制もかけられているため、価格が需要と供給をバランスさせるという通常の市場メカニズムが働かない。そして、原則として社会福祉法人など特殊な形態を持つ組織がサービス提供を担っていることから、その行動原理も通常とは異なったものとなる。

ここでは、福祉施設が提供するサービスを「消費型サービス」「投資型サービス」「混合型サービス」に分類して考察されていて、特に「混合型」の就労継続支援A型、B型については問題点をいくつか指摘されていました。

(本文より)
A型におけるガバナンス上の最大の問題点は、消費型サービスと投資型サービスの利益相反である。
B型は障害者と労働契約を結ぶ必要がなくて、最低賃金の縛りもないため、消費型サービスに該当する「生産活動の支援」についての成果が見えにくい。

本書で位置付ける「投資型サービス」の目的は、障害者に訓練をして生産性をあげ、企業での就労に結びつけること、としています。

でも、生産性の高い障害のある人が就職して退所してしまうと消費型サービスの足を引っ張ってしまう。
このような状態では組織のガバナンスは正しく機能しないものです。

(本文より)
A型に対して社会から与えられたミッションは、税金で賄われたリソースを有効活用し、それを上回る成果としての給与を障害者に支払うことである。
(中略)
それでは、B型のミッションはどうあるべきなのだろうか。制度上の縛りのゆるさを前提とするならば、画一的なミッションは掲げづらい。かといって、「ふれあい」や「笑顔」といった漠然とした理念では組織としての求心力は維持できない。だとするならば、「多様な障害者ニーズの充足」による「利用者満足度の向上」に尽きるのではないだろうか。


ガバナンスの目的は、組織としてミッションの遂行に励んでいるか、正しい方向へ向かっているかなど運営の健全性をチェックし、組織を統治することである。
本書では、そう書かれていました。

利用者である障害のある人が多くの選択肢から利用したい福祉施設を選ぶことができ、満足度や自分の願いを叶えてくれることが世間に対してよりオープンに広がれば、質の良い福祉施設だけが残っていくようになる。
障害福祉は通常とは違ったスタイルで、市場メカニズムが正しく働くことを考えていったほうがいいのかもしれません。

いろいろと考えさせられる内容でした。

障害者就労から学ぶ「働き方改革」

このテーマは、第6章で取り上げられていて、主に障害者雇用のことについて書かれています。

ここで興味深かった内容は、「法定雇用率再考」のこと。
日本は、ヨーロッパに比べて法定雇用率は低水準となっていて、障害の認定に医学的な根拠を求める「医学モデル」が採用されているため、他国と比べて障害者率はきわめて低くなっています。

(本文より)
ただ、「社会モデル」の考えが根づかない状態で法定雇用率を引き上げていけば、企業は障害者を比較優位の原則に基づく「戦力」ではなく、法律によって雇うことを強制される「お荷物」だと考えるようになるだろう。

まさにその通りです。
以前書いたnoteでは「障害者雇用支援ビジネス」を取り上げましたが、企業が障害者雇用をアウトソーシングする流れは加速しているように思います。

(本文より)
私たちは障害者雇用からもっと学ぶべきなのである。障害者を真の意味で戦力として活用できさえすれば、一般の社員を戦力にするのはたやすいことである。比較優位の原則に従った適材適所の働き方が実現できれば、働く人の幸福度もあがり、生産性も向上する。障害者雇用の推進こそ、政府が進めようとしている「働き方改革」の模範的事例となりうるのだ。

障害者は社会を映す鏡

本書の終章は、このテーマで終えています。
2016年7月26日、神奈川県相模原市の「津久井やまゆり園」で起きた事件にも触れ、優生思想や偏見の存在についても取り上げられていました。

(本文より)
最近10年間で、特別支援学校は120校増設され、障害者施設は倍増、企業の特例子会社は250も増えた。これだけ見ると日本における障害者支援の充実ぶりが窺えるが、これは本当に胸を張れる成果といえるのだろうか。
この背景に障害者の増加があることを見落としてはならない。(中略) 日本経済がほぼゼロ成長で、人口も増えていないなかでの数字である。

本書では、何度も何度も、「医学モデル」「社会モデル」が登場しています。
障害のある人が増えている理由は、「医学モデル」だけでは説明できないような気がします。

本書では、最後にこのような一文は書かれていました。

(本文より)
私たちに必要なのは、障害者に映し出されている社会の姿に気づくことである。これは障害者から学ぶといってもいいだろう。身体障害者の活動ぶりを見れば社会のバリアフリーの程度がわかる。知的/発達障害は比較優位の重要性を教えてくれる。そして精神障害者からは、ワークライフバランスすなわち適度に休むことの大切さを学ぶことができる。こうした学びが私たちの社会を変えていく原動力になるのである。

 

ぼくらにとっては、障害のある人は「利用者の方」。

利用者の方にサービス提供をしつつ、障害特性のことや社会のあり方など様々なことを教えてもらうことも多いもので、「利用者の方から学ぶ」って気持ちは忘れないようにしたいです。

これからも、時々読み返そうと思います。

 


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