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過去最悪

深夜の帰り道、みたニュース

私は日々、心が傷だらけのこどもたちと共に時間を過ごしている。
そんな日常で、深夜になった帰り道にこのニュースをみた。


死にたい、消えたい、でも、死ねなかった

私がたぶん、はじめて言語化できた感情はー死にたいーだった。
親からは暴力ふるわれるし、学校ではいじめられてる。
だけど、その”現実”は言葉にできなかった。
家庭や学校という名の「地獄」以外の場所があるとは知らなかった。
というか、興味がなかったのかな。
地獄以外の場所に行けるとは思ってなかった。
ノートに「死にたい、死にたい、死にたい」と無限に書いた。
カッターで手首、腕や足、顔、首、お腹...切れる肌は全て切り刻んだ。
中学校では自殺未遂騒動を起こした。
児童相談所の一時保護所では飛び降りた。
OD(薬の大量服薬)をして3日間記憶がない。
「20歳で死ぬ」と決めてた10代女の子だった。
私はとにかく、死にたかった。消えたかった。
でも、死ねなかったから、今、こうして生きている。生かされている。

20歳のときに書いた遺書


あと、どれだけのこどもの命が消えれば社会は変わる?

大人はよく、「つらいことは相談してね。」と言うが、
ーできるわけないじゃん(笑)ー
私はそう思っている。
まず、「相談」という言葉が想像できないのだ。
自分がいま、生きている”現実”が当たり前すぎて、当たり前ではないことに気づけない。
”現実”と言葉が自分のなかで一致しない。
朝、どうしても起きれなかったり、居場所に行く交通費がない、電話を持っていないという物理的にも相談することが困難であることもある。
1番はー相談してなにになる?ーという想い。
こどもたちは決して言葉にはしないけれど、
大人が思っている以上に日本という社会に絶望している。
ーどうせ、無理ー
ー私が悪いー
ー私が我慢すればいいー
こどもには罪はないのに、そう潜在的に思わせるのが今の日本社会。
こどもに「甘え」と言う。
「自分たちはこんなだった。」と言い、もうすでに頑張っているこどもたちに”もっと、頑張らなきゃいけない”と追い詰める。
あと、どれだけのこどもの命が消えれば社会は変わるのだろうか?

一緒に時間を過ごす

私は今、こどもたちと一緒に時間を過ごしている。
”支援者”とか、”大人”ではなくて”人”としてありたいと思っている。
「支援してます!」ってまず思ったことは1度もない。
ただ、一緒に時間を過ごすことが楽しくて、面白くて。
ただ、それだけ。
そんな時間のなかで”大人、悪くないかも”って思ってもらえるきっかけになってたらいいなぁと思っている。

あなたは生きてるだけで素敵。
こうして私と話してくれてありがとう。
一緒に時間を過ごしてくれてありがとう。
ーまた、会おうー

「相談を」と言う前に。
大人は、社会は、
こどもと「ただ、一緒に過ごす」という”なんでもない”時間が足りてないのだと私は思う。


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