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人の話を聴くことは、私にとって欠落を必死で埋めること

連日、人の話を聴いています。


子供のころ、
聴いてもらえない、という
強烈な飢餓感がありました。

欲しいおもちゃを買ってもらえず、
駄々をこねて泣きわめく子供みたいに、

「ちゃんと聴いて!」と
忙しい母を、
私は、泣いて追いかけまわしていました。

さぞ、やっかいな子供だったことでしょう。

今、コーチングをしていて、
ふっと目の前のクライアントから
関心が薄れる瞬間があります。

その瞬間、
あの、子供のころの私がよみがえります。

「ちゃんと聴いて」

そうだ、と、
目の前のクライアントさんに意識を集中します。

もっとちゃんと聴いて、
もっとちゃんと見て、
もっとちゃんと感じて、

そんな声が私の中でリフレインしていて、
その声に従うように
私はコーチングをしています。


そう考えると、
私の師匠は、子供のころの私なのかもしれません。

村上龍の小説『ラッフルズホテル』にこんな一節があります。

「お前は気づいていないんだ、
わたしが知る限り才能というのは過剰ではなく欠落だ、
ありとあらゆる能力を使って、
その欠落を埋めようとする、それが表現なんだ、」

才能は欠落、
この言葉は、なぜかずっと心に残っています。


フランスの女性作家、デルフィーヌ・ドゥ・ヴィガンが
似たようなことを書いています。

「ときどき、自分はなにか不具合があるような
気がしてならない。
誤配線、欠陥部品、製造ミス。

ほかの人は私になにか特別なものが
備わっているのだろうと
考えるかもしれないけれど、
そうではない、きっと何かが足りないのだ」


足りない、と感じる
それを何とかしたいと思う、
その思いが切望や渇望、さらには怒りにまで膨らみ、
それがエネルギーとなる気がします。


もう大人になった私たちは、
おもちゃ売り場の前で
ひっくりかえって泣きわめくことはしない、

手に入らないものはさっさと諦めて、
欲しがることすら忘れて、
欠陥を埋めようともせず、
誤配線もそのままで、

自分なりに、
という言い訳をしながら生きていることが、
「老いる」ことの意味かもしれません。

連日、人の話を聴かせてもらい、
私は、自分の欠陥を
今日も必死で埋めているんだ、
と思うと、少し、ホッとします。

あなたが今発揮している才能は、
どんな形の欠陥を
埋める表現だったのでしょう?


ココロとカラダ、あなたの元気ライフをサポートするコーチ
ふくたにそのこ
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