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政治についてまじめに考えてみた② 石丸伸二考その弐

2017年頃でしたか、経団連の会長さん?とトヨタ自動車の会長さん?が異口同音にこんなことを言っていました。

『終身雇用制度は限界に来ている』

私のように学校の教員をやっているとあまりピンとこないのですが、確かに世の中副業をされていたり、転職を経験されたりしている方が増えている印象があります。
改めて考えてみれば私も別に学校の教員一本でやってきたわけではありませんでした…。

何かの記事だか本だかで読んだのですが、
「年功序列」「終身雇用」って社会主義的ですよね。日本は資本主義と社会主義が同居している不思議な国ですよね。
というようなことが書いてあって、確かにそうだなと膝を打ったことを今でもよく覚えています。
こんな制度が長きにわたって続いてきたのは日本人の勤勉さによるのだろうと思いますが、今回の記事の内容との関連性は薄いので、これ以降は割愛します。
まあいずれにせよ一つの会社に定年まで勤めるというキャリア観はもはや過去のものになりつつある、ということです。

安芸高田市長としての任期を2か月?ほど残して辞職し、石丸伸二氏は都知事選への立候補を決めました。
するとこんな声が聞こえてくるわけです。
『投げ出し』『少なくとも2期は続けるべき』
だと。

いやいや、任期を半分以上残している状態であればまだ分からないでもないですが、「任期」ってそんなに大切なのでしょうか。
・5年連続赤字だったものを黒字化した。
(しかも国からの借り入れを返済しつつ、基金を積み増して教育への投資をして黒字化した)
・議員と丁々発止のやり取りができるまで職員を育成した。
(市長は市役所の代表、いわば市役所における社長です)
組織の長としてはこれで十分ではないかと思いますが、「投げ出し」という人々は何を期待しているのでしょう。
終身雇用制度が崩壊しつつある現代社会において任期を務めあげることにどれほどの意義があるのか、そもそも長く務めあげることには何の価値もないし、全体の1/24ほどの任期を残して辞めることのどこが投げ出しなんだと頭の中にたくさんの「?」が浮かびました。
一般的に会社において(学校でもそうですが)同じプロジェクトが5年も6年も続いているなら、よほど大規模なものでない限りそのプロジェクトは失敗しているでしょう。
だったら成果を上げて3年10か月でスパッと止めても「投げ出し」でもなんでもないと思うのです。よく言われていますけど、「属人化している組織は危ない」というやつです。首長でもそれは同じことではないでしょうか。むしろ長くやるから癒着も生まれてくるし利権が絡んでくる、そんなものではないでしょうか。

最近あんまり聞こえてこなくなった「投げ出し」報道ですけど、私は当初からこんな違和感を覚えながら報道を見ていました。

ちなみに安芸高田市の市長選挙は反石丸派(というか市議会派)の候補者が当選したようで、「やっぱり石丸市政は否定されたんだ!」なんて息巻いてる方もいますが、当選の中身をよく見て御判断いただければと思います。
今回当選された方は公明党の現職大臣、自民党に立憲民主党の県議まで相乗りしてきたいわゆる「組織票」の人です。
片や石丸市政の継承を訴えていた候補は2人いて、いずれも無所属でした。
得票率としては
市議会派6:前市長派4
くらいなので、「これが民意だ!」というなら、都知事選の結果についても同じく「これが民意だ!」と主張していただかないとダブルスタンダードになってしまいます。
それともあれですかね、どこかのR支持者さんみたいに「こんな社会を変えねばならない」とか言い出すのでしょうか…。

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