見出し画像

「でも、あんまりくよくよしないでね」

ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞に驚きつつ、友部正人のことを思った。

「日本のボブ・ディラン」という表現はあまり好きではないけれど、私にとってそれは吉田拓郎でも井上陽水でも岡林信康でもなく、圧倒的に友部正人だ(同じ癖っ毛だからではない)。

大学生の頃、仲の良かった先輩にライブに誘ってもらった。会場は神楽坂の小さな劇場で、聞くところによると既に閉館してしまったらしい。

ステージに立つ友部正人は「孤高」という言葉がとてもよく似合った。

存在感のある詩の数々は彼にしか紡ぎえない唯一無二なものばかりで、それがあの乾いた歌声と、お世辞にもあまり上手いとは言えないアコースティックギターの音にのることで一層愛おしいものになる。暑苦しさや押し付けがましさはなく、淡々と、ただ淡々と、確かな思いを歌い続けていた。

ライブで聴いた曲の1つ、『反復』を久しぶりに聞いている。

このぼくを精一杯好きになっておくれ そして、今度の夏が来たらさっさと忘れておくれ このぼくを大切になんて扱わないでほしい 君を大切な人だなんて思わせないでほしい そうさ君はステキな女の子だよ でも、このまま仲良く年を取ろうなんて思わないでおくれ … (「反復」)

冒頭だけ聞けば、とんでもない身勝手なことを言っているように思えるものの、その実、最高のラブソングだ。当時から好きな曲だったけど、すっかり好きになり直した。

これもライブで聞いた「朝は詩人」。

風は長い着物を着て 朝の通りを目覚めさせる ぼくは朝と手をつなぎ夜まで眠ることにした 雨は遅れてやって来て 村の祭りを中断させた オートハープを抱えた少女が駅で電車を待っている 君が歌うその歌は 世界中の街角で朝になる 君が歌うその歌の 波紋をぼくは眺めてる … (「朝は詩人」)

描かれた情景のなんと美しいこと…谷川俊太郎の「朝のリレー」を連想する。

ライブは数年後、鎌倉で知久寿焼さんと一緒にやったのを見に行ったきりだけど、「一本道」「どうして旅に出なかったんだ」「遠来」……今でも好きな曲はたくさんある。いつも聴くわけじゃない。けれど、ふとした時に静かに寄り添ってくれる。

ディランの名曲「Don't Think Twice, It's All Right」のカバーも好きな曲の1つ。原曲は男性視点になっているけれど、こちらは女性視点で、これがまたすごくいい。「でも、あんまりくよくよしないでね」は文句なしの名訳だと思う。

聴いていて気になるのが、随所に出てくる突き放すようなフレーズ。こちらは友部版の方が突き放し度合いが強い。女性言葉になるからかしら。けれど、たとえば「あなたのおかげで時間を無駄にしたわ」なんてことが本心でないことは、きっと本人もわかっているはず。それでも、つい口をついて出るのか、敢えて言う優しさか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?