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スタートアップが利用したい特許庁等の制度②審査編(5/27追記)

 第二回は特許の審査における優遇制度です。

 まず特許出願の制度のおさらいからです。特許は出願したあとに「出願審査請求」の手続が必要になります。原則として出願の日から3年以内であれば、いつでもできます。この審査請求の手続を行って、はじめて特許庁の審査官の審査を受けるレーンに並ぶことになります(なお意匠や商標は、出願したら自動的に審査の列に並びます)。審査請求にかかる費用は前回の記事のとおり、通常15万円前後ですが、中小企業やスタートアップなら、減免(1/2〜1/3)を受けることができます。

 この審査請求は、通常ですと最近なら、請求日からだいたい9ヶ月〜1年くらいかかります。これを大幅に短くしたりするのが、今回紹介する制度です。

1.早期審査
2.スーパー早期審査
3.PCT国際調査
4.早期審査の注意点・どういうときに使うのがいいのか?

1.早期審査

 「早期審査」は、早期審査の申請日から最初の審査結果が得られるまで約2〜3ヶ月と短縮できる制度です。通常よりも半年も早く結果が来ます。自分の経験では、早ければ1ヶ月で来ることもあります。

 早期審査は、実は中小企業やスタートアップに限らず、誰でも利用することができる制度です。例えば、対象の特許出願に関する発明が、


①すでに実施しているor2年以内に実施予定である。
②関連の外国出願がある(PCTとか各国出願で同じ内容で出願している)。


のいずれかであれば、それを申告することでOKなのです(それ以外の条件でも認められるケースもあります。詳しくは下記リンク先)。

【参考】商標の早期審査

 ちなみに、商標についても早期審査(+ファストトラック)の制度があります。基本的に誰でも申請できますが、条件がすこしややこしいです。


①その商標を出願している指定商品・役務(サービス)に使用中または使用予定である。
②-1 他人が同じ/類似の商標を同じような商品やサービスに勝手に使っている。
②-2 使用(予定)対象の商品・サービスしか願書で指定していない。
②-3 特許庁指定の商品・サービス名しか願書で指定していない。


↑の「①」&「②のどれか」を満たしていれば、早期審査の対象になります。これも早期審査の申請時点から2〜3ヶ月くらい(通常出願から約1年)で結果が返ってきます。既に会社名やサービス名として使用していて、後々のリネームやリブランドが発生するリスクが高い場合や、他人に紛らわしい名前でパクられているケースには使えると思います。

 また、早期審査の申請をしなくても、上記の②-3で願書を記載した場合は、自動的に「ファストトラック審査」の対象になります。この場合は、出願から約6ヶ月で最初の審査結果が返ってきます。6ヶ月。。。ちょっと微妙ですが、それでも半年短くなるだけ、ブランドの知財的な保護の観点からもありがたいです。

2.スーパー早期審査

 「スーパー早期審査」は「早期審査」よりもさらに短く、申請日から約2〜3週間で最初の審査結果を得ることができます。早すぎる。審査官のみなさまに感謝です。そのため、出願と同時に出願審査請求+スーパー早期審査を申請した場合に、一発で特許になると、2週間で特許になっちゃった・・・!というケースもでてきます。個人観測範囲では、営業日ベースで出願から特許査定まで9日というのが最短です。早すぎる。

 このスーパー早期審査は、中小ベンチャー企業に該当するスタートアップであれば、実施予定の発明の出願である場合に利用することができます。一方で、中小ベンチャー企業ではないスタートアップ(例えば資本金が3億円超、創業日から10年超)の場合は、外国関連出願(同じ内容でPCT出願や各国出願をしている)でなければ、利用することができません。

 なお、この「スーパー早期審査」の利用可能な企業の要件は、前回の「庁費用減免」の対象企業の要件と微妙に違います。また、スーパー早期審査の利用可能な企業の要件を満たしていても、スーパー早期審査の申請後の手続に不備があったりした場合は、スーパー早期審査の対象案件から外れてしまうケースもあるので気をつけてください。

 スーパー早期審査で最初の審査結果として拒絶理由通知(特許にすることが出来ないが、補正や意見の主張により挽回があることを伝える通知)を受領すると、通常60日以内に対応が必要になるところ、30日以内に対応しないといけなくなります。これを越えるとスーパー早期審査の要件が外れてしまい、特許となるまでのリードタイムが長くなることがあります。

 なお、早期審査もスーパー早期審査も、特許庁費用は無料です!(弁理士費用はかかるかもしれません。)アメリカだと早期審査の申請だけで4000ドルとか取ってくるので、かなりありがたい制度です。

3.PCT国際調査

 また、PCT出願(国際出願)をすると、出願から2〜3ヶ月(早期審査と同じくらい)で「国際調査報告(ISR)」という結果が返ってきます。特許事務所から「ISA210、220、237」という書類が送られてきたら、これが国際調査報告です。これは、日本だけの出願と異なり、審査請求をする必要はなく、通常の審査と同じクオリティで特許性の有無を調査してくれるものです(そのために出願時に「調査手数料」を払っています。これも減免対象)

 今後PCT出願の活用の仕方でも説明したいと思いますが、審査請求を急いでする必要がなくても、特許になるかどうかをざっくり知りたい!という場合には、通常の出願ではなくてあえてPCT出願をしてみる(外国での権利かの有無に関わらず)というのも一つの手段です。

4.早期審査の注意点・どういうときに使うのがいいのか?

 早期審査やスーパー早期審査は、その名のとおり、早く特許権利化したい場合には有効な手段です。逆に言うと、特許出願したものの、急いで特許を取得する必要がない場合には、これらの制度は使う必要はありません。むしろ、早期権利化してしまったことによる弊害が生じるケースもあります。

 まず一般論として、特許出願をすると、出願日から約1年半後(優先権主張出願の場合は、元の出願から約1年半後)に、出願内容が公開されます。これは全世界共通のルールです。なので、通常すぐに権利化しない場合は、出願してから1年半は未公開であるため、出願内容が秘密の状態に保持されます

 一方で、出願内容が公開されるまでに特許を取得してしまうと、特許公報というものがすぐに発行されます。この場合は、出願から1年半が経過していなくても、出願内容が公開されてしまいます。そのため、普通なら1年半は表に出ないような情報も、権利化によってすぐに世間にバレる形となります。

 そうすると、例えば「今すぐにはサービスとしてリリースしないけど、次回以降の調達を見据えて開発中のプロダクトに関する発明」を特許出願した場合というのは、まだプロダクトそのものについて仕様どころかPoCが完了しておらず、プロダクトの方向性自体決まっていないケースだと思います。こういった出願の場合は急いで特許にする必要はありません。むしろ権利化して公にしてしまうと、今後のサービスやプロダクトの方向性や技術内容が全部バレてしまうので、情報がアンダーコントロールにない状態になってしまいます。

 また、特許というのはすでに公開されている情報に基づいて特許性が審査されますので、上のプロダクトに関する追加発明や改良発明を出そうとした場合に、すでに権利化して特許公報として表に出てしまった自分の特許の内容をもとに拒絶される、つまり自滅する場合もあります。もし権利化していなかったら追加で特許に出来ていたのに・・・というケースも起こり得ます。

特許権利化ハードル

 なので、どの出願について、どのタイミングで(スーパー)早期審査を行うか、の検討は重要です。例えばですが、

・すでにサービスやプロダクトをリリースしている
・ピッチやプレゼンでサービス開始予定を仄めかしている
・競合他社が似たようなサービスをやろうとしている


というようなケースでは、早期権利化によって自社プロダクトの実施の保護を図ることが重要となります。一方で、

・リリースがまだ1、2年先の技術である。
・コンセプト段階の技術思想であり、今後具体的なテクノロジーやプロダクトに落としていく予定であり、仕様等がまだまだ見えない。


というようなケースでは、早期審査は行わない方が良いと考えます。特許の世界というのは、「早く権利化する」ことよりも「早く出願する」ことが、めちゃくちゃ重要です。

結論:特許の権利化は重要だが、権利化タイミングは自社事業の状況/開発状況に応じて検討すべき

 調達後のステージにおいて新たな/発展したサービスやプロダクトを展開する上で、競合他社との優位性を確保するために知財のケアをしているか(他社を排除できているか)を、調達段階で投資家やVCから問われる場面があるかもしれません。調達段階においては、無形資産としての価値を高めるため、他社を排除して今後の事業開発を安定的に進めるため、特許を取得しておいた方がよいと考える向きがあるような気がします。

 しかしながら、特許の目的は「発明を世の中に公開して」もって産業の発達に寄与する、というのがもともとです。その公開の代償として、独占権(特許権)を一定期間与える、という規定になっています。つまり与えられた特許は公開することが原則です。

 なので、調達のために特許を取得する・・・というのは、第三者に対してトランプの手札を見せてしまうのと同じような行為と考えています(誇張かもだけど)。既に提供しているサービスやプロダクト(の見える部分)については特許権利化を急ぐことが求められますが、いわゆる「将来の仕込み」となる発明については、焦って権利化せず、むしろ事業計画のスケジュールに合わせて「このタイミングで権利化します!」と説明できる方が納得してくれる可能性は高いと思います。

 「早期審査」は、その代償として「手の内を明かすこと」にもなります。そのため早期審査するかどうかの判断は、事業のいろんな事情(計画、お金等々)の兼ね合いになると思います。ぜひ弁理士や知財の担当者と十分に検討してから行うことが好ましいと考えます。

 ではでは。

【5/27追記】(スーパー)早期審査等の活用方法!

 Twitterでこういう書き込みが流れてきたので、思い出しました。

 つまり、「特許庁の審査を先行技術調査や侵害調査の代わりに使う」という活用方法です。出願は、後から取り下げる事ができます。もちろん公開前に取り下げれば、世間に公開されることはありません。

 やり方としては、
1. 出願内容に、実装予定の技術を請求項に入れておく
2. 出願と同時に(スーパー)早期審査による出願審査請求を行う
3. 数週間~2ヶ月ほどで、審査結果が返ってくる。その際、関連する先行技術文献がもれなくついてくる(一発で特許になるケースもあるかもですが・・・)

という感じです。これで、実装予定の技術の特許性アリナシだけでなく、侵害の可能性のある特許も特許庁があぶり出してくれる、という仕組みです。

 ただ、審査にかけてしまうと一発で特許になってしまった場合に、ちょっとその後の処理が面倒になるケースもある(国内優先権出願という制度を使ってケアする場合が多い)ので、個人的には、このような先行技術調査的な使い方をするのであれば、スーパー早期審査よりもPCT国際出願を使って国際調査報告を利用するほうがよいと考えます。

 理由は2つあって、一つは上にも書いたとおり、調査結果のみ返ってくる(権利化のための手続ではない)ため、強制的に権利化フェーズには入らないので、権利化や出願内容の公開等のコントロールが比較的しやすいためです。

 もう一つは結構重要かな?そうでもないかな?と思うのですが、請求項の数をどれだけ増やしても、料金が変わらないという点です。特許庁の出願審査請求にかかる費用はベース+従量制なので、請求項の数が増えれば増えるほど費用が嵩みます。一方で、PCTでの国際調査の費用は請求項の数に関わらず一定です。(ただし、全ての請求項で発明の主題的なものが共通していることが条件です。単一性要件。)

 なので、すごい細かいレイヤーで特許性のアリナシを調べたい!という場合には、PCTで請求項をたくさん用意して、全部調査対象にして調べてもらう、というのが良いかもしれません(ただし先行技術文献や抵触文献の収集という目的だと、請求項を増やしてもあまり効果は変わらないかもです)。

 特に中小ベンチャー企業は、PCTの出願費用や審査請求費用が1/3に減免されます。なので、先行調査を民間の調査会社に出すよりも、特許庁に直接審査してもらう方が、全然安上がりになるケースもあると思います。特許庁の早期審査等の制度を使い倒して、効率的に知財の活動を進めましょう!!!

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