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【ホラー映画レビュー④&カルト映画レビュー②】遊星からの物体X(1982米) 【95点】

「ハロウィン」でも有名なホラーの巨匠ジョン・カーペンター監督によりSFホラー映画であり、原題は「The Thing」。現時点ではAmazon Primeで見ることもできる。原作はジョン・W・キャンベルの「影が行く」という短編小説で、2度目の映画化となる。
ストーリーは、南極基地にあらわれた、人の姿を真似る地球外生命体の怪物に立ち向かうストーリー。この映画は、私の中のホラー映画ランキングでもベスト3に入れている傑作だ。改めて鑑賞して、どういった部分が素晴らしいのか挙げてみることにする。

●ストイックすぎる舞台設定
まず部隊が南極基地。警察など存在するわけはなく、オーバーではなく「世界に主人公たち(10人程度)しかいない」シチュエーション。外部の救助など得られるすべもない。メンバーも南極基地で業務を遂行しているわけなので、研究員や医者、作業員などの面々で、当然いい年をしたオッサンばかりである。美形主人公や見目麗しい女性は存在しない。主人公であるカートラッセルはヒゲボーボーの山男姿なので、男は渋くてかっこいいと思えても女性が惹かれるルックスではないだろう。当然男女間の愛などウェットな要素が混入しようもない。
さらにいえば、ホラー映画の主人公の多くは、家族間が不仲だったり過去子供を亡くしていたりといった背景があり、終盤でそれを乗り越えるなどのバックストーリーがあったりするが、これらの人間ドラマはホラー映画では個人的にあまり好きではない。しかしこの映画の登場人物には一切それらのドラマは存在しない。ただ純粋に目の前で起きた恐怖と心理を描写しているだけである。ソリッドでストイック。そこがよいのである。

●「X」の設定・造型の独特さ
モンスターである地球外生命体「X」。これはあらゆる生物に同化し、その姿を乗っ取ってしまう。最初は犬を乗っ取って南極基地に侵入し、のちに人間を乗っ取るようになる。乗っ取られた人間は生前の記憶も同化しているようなので、外見や性格面で気づくことは一切できないし、乗っ取られた存在自体も自分がXなどとは認識できない。その為誰がXか判明するすべがない。
エイリアンなどは当然「見て異物とわかる」ルックスであり、敵味方がはっきりしているが、この物体Xではそうではないため、狭い舞台で皆が疑心暗鬼になる。そういう意味では殺人犯の紛れたミステリー小説に近い。
しかしより恐ろしいのはこの怪物がどのような行動原理にそって動いているのかよくわからないところだ。殺人鬼であれば恨みを持つ人間を確実に殺すため、エイリアンであれば人間に卵を産み付けるために合理的な行動をとるわけだが、Xはおそらく増殖したいのだろうと何となく思える以外は最終目的が何か見当つかないし、その行動は人間の想像しうる合理的な行動とは著しく乖離している。その為その行動予測を立てることは困難なのである。しかし知能は高いらしく、こちらが対処法を考え付くと、先回りして阻止していることも多い。宇宙の果てや存在意義を考えると恐怖にさいなまれる感覚と同じ、コズミックホラーを感じるのだ。
そしてこの怪物が正体を現した時の造型が非常に独特である。完全な不定形もしくは固定されたデザインではなく、元の生物の細胞情報を残しつつも規則性のない姿をしており、これは美術担当のロブ・ボッティンのセンスが冴えまくっている。この姿は今見ても本当に素晴らしいので、ぜひみなチェックしてほしい。CGのない時代であるからこそ感動できるデザインだ。フィギュアが売っているらしく買おうか考えてしまう。そして細胞単位で生きているため、切り刻んでも無意味。肉片一つで生存するので燃やし尽くすしか方法がない。

●登場人物は基本理性的で、合理的な対処方を検討する
自分は登場人物が自然で合理的な行動をする映画が好きだ。とはいえ誤解なきよう言っておくと、コメディ色のある作品であればそれがイイ味をだす。「13日の金曜日」でバカで非生産的な行動をしまくる若者や、「北斗の拳」の瞬間的な快楽だけ考えてその後を考えないモヒカンザコを見ているとなんだか心がほっこりする。しかしシリアスな作品で、悪役や適役ではない主人公側の登場人物が非合理的な行動に出るのはあまり好きではない。ラブストーリーですれ違いが起きたりすると、お前らまずちゃんと話し合えよとイライラするし、キャーキャー言っているだけのヒロインも同様である。その方がリアルに沿っているのかもしれないが、見ていて面白いものではないのだ。
この映画は前述した怪物の特性から、化けている人間を判別する手段などほぼ存在しないのだから、疑心暗鬼になるのは流れとして当然であり、実際にそうなる。しかしそんな混乱した状況であっても、登場人物が何とかして合理的に対処してゆこうという姿が見受けられる。終盤の「細胞単位で生きているなら、血を抽出してそれを熱することで判別できるはずだ」などは科学的で完璧なアンサーだ。
「SFホラー」の名作であるためにはこれは必要な条件なのだろう。なんといってもSFファンは設定に非科学的・非合理的な表現があるとそれを指摘し非難しまくるという面倒な習性があるのだから……。

●印象に残るシーン
これは実際に見てもらうしかないが、本作は視覚的に印象に残るシーンが多くある。人間に化けているモンスターが正体を現す際などその都度すさまじい絵面が提供されるし、前述した「血で判別するシーン」は本当にハラハラする極上のシーンだ。ちなみにホラーファンで有名な荒木飛呂彦先生の「ジョジョの奇妙な冒険」の第5部で、敵ボスが誰に憑依しているか判別するためのシーンが明らかにこのオマージュで、いかにこのシーンから強い影響を受けたか手に取るようにわかる。
 改めて鑑賞してみたところ、音楽はつい最近亡くなった有名な音楽家エンニオ・モリコーネだった。正直この映画では音楽はあまりないので印象にはあまり残らなかったのだが、僕は自分の結婚式に彼の曲を使った程度には好きなので、改めて集中してみるとやはり印象的な音楽であった。

とりあえず上記のように傑作である理由を述べてみた。モンスターの造形などは本当に独特なので、多少古い映画ではあるが楽しめる要素は十分ある。
 またこの映画の前日譚である「遊星からの物体X ファーストコンタクト」が2011に作成されている。ファンでありながら申し訳ないことに自分はまだこれを見ていない。元の作品が大好きなだけあって、駄作であったら怖くて見る機会を逃してしまっていたのだ。しかしこれを書くために改めて鑑賞したところやはり気になったので、この機会に見てみる決心をした。

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