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ラマルク流の進化論【進化論】


ダーウィンは「すべての生命は単一の種から分かれて進化してきた」とする生命の樹説(共通先祖説)を主張しました。この説はさまざまな証拠によって裏付けられ、現在では通説となっています。

ダーウィンよりさらに一世代前の進化論者であるラマルクは、異なる見方をしていました。誤りと判明している仮説ですが面白かったので紹介します。

■ ラマルクによる進化論
ジャン=バティスト・ラマルクはフランス自然誌博物館の教授も務めた植物学者・無脊椎動物学者です。

現代的な生物学(Biologie)の創始者とも呼ばれ、ダーウィンに先んじて進化という現象をつきとめ説明した人物もあります。もっとも、まだ進化論の基本的な用語法は確立していませんでしたので、ラマルク自身は進化(evolution)ではなく変遷(transformisme)という語を使っていました。

ラマルクによれば、進化の系列は直線です。

生物は「複雑性を増加させる生得的な傾向性」をもっており、それが進化の原動力になっているのです。生物は小さな泡状のものとして無機物から自然発生し、それからミミズなどの「より複雑な生物」に進化します。同様にミミズは魚に、魚はネズミに、という具合でより複雑な生物に進化していき、やがて人間へと至ったというわけです。

現代に生きる人間までの系列は、現生人類の祖先としてのネズミ、魚、ミミズ他からなる長い直線を形成します。では現在そのへんにいるミミズたちはどうか。これらは無機物から生じたばかりの新参者であり、われわれとは別途独立した直線として延びていきます。そしてその子孫はやがて人間のような複雑な生物へと進化していくのです! 良いやら悪いやら。

この説明は自然物が発生・進化するという現象に対して「より複雑になる」という目的を読み込んでいるという点で目的論の一種といえるでしょう。

「人間は生物の到達点なのだ!」という自惚れた発想に繋がり易そうという点は残念ですが、現代ではあまりみられないタイプの想像物であり私はかえって意表を突かれました。

現代進化論だと「より複雑になる生得的な傾向性」というような原理は存在すると思われていません。そんな原理がなくても進化という現象を十分に説明できるからです。しかもラマルクが想定する傾向性は目的論的なものなので機械論的世界観を特徴とする現代科学とは相性が悪いです。(しかし「機械論的世界観」って科学哲学上の専門用語なんですが前時代的な言い回しですよね。類語はないものか)

直観的に言っても繁殖して生き残っていく生物が複雑である必然性なんてなさそうですよね。むしろ人間よりもネズミ、ネズミよりミミズ、ミミズよりも微生物たちの方がずっと長く存続していくと思われます。

進化によって生物の構造がより複雑になるとも限りません。退化も立派な進化ですし。恐竜は鳥類に進化していきましたが、より複雑になったといえるのかは微妙なところでしょう。


■ 用不用説(使用不使用説)
ちなみにラマルクは「大きな流れでいうと生物はより複雑になっていく」と主張しましたが、もう少し細かい進化のプロセスとして用不用説を唱えたことでも有名です。

用不用説とは、生物の器官は使用すれば発達し不使用ならば委縮する。そしてその発達・委縮は子に受け継がれるという考えです(獲得形質の遺伝とされるものの一種)。

例えばキリンは生まれてから生殖するまでの間に首を使用し発達させていきます。その首の発達度が受け継がれる子のキリンは、親のキリンよりさらに首の長い個体となるというわけです。用不用説よりも使用不使用説と呼ぶ方がよいかもしれません。

用不用説も、ラマルクのいう意味での獲得形質の遺伝も現代では存在が否定されているのですが説明としてはなかなかの説得力です(ちなみにあのダーウィンも獲得形質の遺伝を認めるパンジェネシス仮説を主張していました。ラマルクの用不用説と同様に現代では否定されています)。


■ 不遇だったラマルク
ラマルクが上記の進化論を提唱したのは今から200年以上も前の話です。当時はまだまだ創造説が主流でした。たとえば当時の科学界の大権力者ジョルジュ・キュヴィエは、世界はたった一度の大異変によって創成されたという天変地異説の立場からラマルクを激しく批判したのです。そんな時代にここまで見事な説明をしてみせたというのは素晴らしい!

しかしながら、ただでさえ主流の宗教に抵触しそうな少数説を提唱しているところで学界の大権力者にまで睨まれてはたまりません(かのナポレオンにも侮辱されたそうです)。ラマルク自身は科学者としては不遇な立場であり続けたのでした。

娘のコルネリーは父ラマルクを「後の世の人が称賛してくれますわ、恨みを晴らしてくれますとも、お父さま」と励ましたと言います。

分子古生物学者の更科功さん(武蔵野美術大学教授)はラマルクを紹介する記事で「コルネリーの願いは、筆者の願いでもあるのだ」と書いていますが、私もまたラマルクを称賛したいと思います。


■ 余談 ポケモンの進化はラマルク的?
ラマルクには意表を突かれたなぁという気分に浸っていると、ふと思いました。創作の世界で進化が取り上げられる際にはラマルク的な進化観が採用されている例が多いような。

ポケモンの進化もラマルク流進化に似ている気がします。

あれらは子孫への遺伝を通じた進化ではなくて、個体の一生における成長(というか変態)の話ではあるんですが、だいたい段階を経て複雑になっていきますよね。進化先も基本は直線的です(イーブイなどの例外はいるが)。ポケモンの発生プロセスについてみても無生物が生命を宿したらしきものがみられます。例としてヌケニンの図鑑説明「ぬけがらが たましいを やどした」。親が後天的に身につけた技を子が受け継ぐ「遺伝わざ」というものがありますが、これまたラマルク的です。

しかしポケモンには現代進化論的なところもあります。

卵から生まれたポケモンの個体値(生まれながらのステータス)は、親から一部を引き継ぎつつも一部はランダム(突然変異的)です。しかもポケモンが後天的に獲得する努力値(相手を倒すことで獲得するステータス上昇。どの能力が上昇するかは倒す相手の種類によって異なる)は子に遺伝しません。このあたりは現代進化論的。


〈参考文献〉
・エリオット・ソーバー 松本俊吉、網谷祐一、森元良太訳『進化論の射程』春秋社 2009年 20-21頁
・坂口治子「ミシュレとラマルク」人文学報.フランス文学 2007年3月
https://tokyo-metro-u.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1431&item_no=1&page_id=30&block_id=164
・産業大学「リレーエッセイ evolutionの意味」
https://www.ssu.ac.jp/relay-essay/20120416/
・更科功「皇帝ナポレオンにも反抗した「進化学者ラマルク」をご存知か」2018.11.06
https://gendai.media/articles/-/58217?page=3
・中村英俊「科学的想像力の時代:18世紀フランス自然科学小史 第12回(最終回)「哲学者ナチュラリスト」ラマルク」2018.08.07 白水社のwebマガジンふらんす
https://webfrance.hakusuisha.co.jp/posts/428

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