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殺し屋イヌイ #3

3.泣きっ面に蜂ってか?

「扉だな」
「やっぱり扉ですよね。なんでこんなところに……金庫ですかね?」
「違うだろうな」
「ですよね。金庫じゃないですよね」

 扉を見つけた俺は、すぐにサメジマ先輩を呼びに行った。先輩は管理部へ連絡している真っ最中だったが、俺の様子を観てすぐに察してくれた。そして今、俺と先輩は扉の前に立っている。

 俺は慎重にかつ大胆に扉に触れてみた。硬い。ノブに手をかけると、ノブが回った。鍵はかかっていないらしい。
 振り返って先輩に「開けますか?」とアイコンタクトを送った。先輩はじっと俺の目を見返す。目が怖い。

「なんだ?」
 アイコンタクトは通じなかったようだ。
「あっ……扉開けてみますか、と」と、俺は萎縮気味にそういった。
「ボーヤが決めろ。――気をつけろよ」

 先輩はショットガンを構えて何時でもぶっ放せる姿勢を作った。……この位置関係だと俺も撃ち抜かれてしまうのでは? そうは思ったが、心のうちにとどめておくことにした。なぜなら、信用しているからだ。意見をするのが怖いからではない。決して。

 鬼が出るか蛇が出るか。拳銃を、血で濡れていない左手で持ち、右手でドアノブを手にし、右肩をドアの脇にピタリと付ける。ドキドキする。一回深呼吸をして、一気に扉を開け放った!

 前からも後ろからも銃弾は飛んでこなかった。

 先輩はショットガンを構えたまま警戒している。俺を見て一度うなずいた。俺はうなずき返し、拳銃を持った手を前に出してドアの向こうに足を踏み入れた。

 その部屋は今さっき出てきた和室と同じ作りをしていた。空いたふすまの先もまた、ソファとテーブルがないことを除いて"奥の部屋"と全く同じだった。なるほど、隣に続いていたの……か……? カチリ。
 俺の脳でカチリと疑問のピースがハマる音がした。
 そして、それと同時にこちら側の玄関の方からガチャリと音がした。そして足音がして遠ざかっていく。

 急いでこちら側の廊下に出た。俺の目に入ったのは、今まさに閉じようとしている玄関扉だった。クソッ! そうだよな、ハズレなワケがないよな! なんで俺はのんびり木刀を突き刺してたりしていたんだ。クソッ。

「どうした!?」
 いつの間にか先輩もこちら側に入ってきていた。部屋にすばやく見渡し、俺のそばまで歩いてきた。
「誰かが玄関から出ていきました!」

 俺は最低限の情報だけを伝えて駆け出した。脳内ではレッドアラームが鳴り響いている。後ろで同じく駆け出した先輩の足音。俺は脇の部屋の確認もせずに玄関扉を開けて外に出た。
 相変わらずひとけがなく暗く長い廊下に、階段をバタバタと下る騒がしい足音が反響していた。

「ボーズは残党が残っていないか確認してから追ってこい!」
 
 先輩はそう言い残すと返事を待たずに階段へ走っていった。
 俺は共に掛けていきたい気落ちを抑え、指示通りにすべての部屋をすばやく確認――実際はろくに見もせずにダッシュで部屋を通り抜けただけ――して回った。完全にもぬけの殻だった。よし……よしではないが。

 これからどうする。どうすればいい。追うか? 間に合うか? 
 廊下から外に出るためには、階段を降りるしか無い。そして、ビルの入口は廊下側にある。つまり、部屋に戻って窓から飛び降りてもそちらは逆方向だ。……逆?

 俺は階段とは反対方向に視線を向けた。そう、ヤクザ部屋に突入前にチラッと見た光景が頭によぎったのだ。

 そこにはたしかに壁があるのだが、高さにして2mほどの壁に窓がついていたのだ。それも人一人が通り抜けるのに十分な大きさの窓が。あの窓を通れば、ビルの出入り口の外に出るはずだ。

 考えている暇はない。俺はそちらに向けて走り出した。なれない左手で拳銃を連射し、窓ガラスを銃弾がぶち抜いた。窓ガラスは粉々に砕け散り、俺を遮るものはなくなった。
 速度は最高点に達している。後はタイミングを合わせるだけ。

 4……3…………今!

 加速のついた身体を宙に浮かし、右足で壁を蹴ってよじ登り、両手で――左手には拳銃を持ったまま――窓枠を掴んだ。右肩がすごい痛む。手袋越しにガラス片が刺さるが気にしていられない。そのまま勢いよく身体を持ち上げて頭を窓枠に突っ込む。視界に広がる外の世界。

 俺は外に飛び出した!

 再び世界がスローモーションになった。短時間で二回は反動が怖い。意図して発動できる様になれば……ああ、また余計なことを考えているな俺は。

 意識を現実に戻す。眼下には汚いコンクリート道路が広がっている。銃声がしたというのに様子を見に来ている野次馬は一人もいなかった。住んでいるのは脛に傷を持つ者ぐらいだから当然か。曇が真夏の日差しを遮っていて辺りは暗い。
 俺は鳥のように空からそんな景色を見ていた。どうせならもっと良い景色が良かったな。

 もちろん鳥ではないので徐々に高度が下がっていく。赤鳥居が近づいてくる。その上に乗っている猿と目が合った。

「何してんの?」と、猿が目で問いかけてきた。
「一階に降りようと思ってさ。ココが近道だったから」
「まじかよ。ぶっ飛んでんな、お前」
「俺もそう思うよ」
「まあ、死なないといいな。グッドラック」
 猿がサムズアップをした……ような気がした。

 俺は血まみれになっている右手を伸ばし赤鳥居を掴み、落下の勢いを少しでも殺そうとした。右肩に激痛が走った。
 だが、手はしっかりと赤鳥居の端を握った! やった! 

 と、思ったのもつかの間だった。

 血で濡れた手はつるりと滑り赤鳥居を離し、俺は再び落下しはじめた。墜落に備えてとにかく頭を守るように手を動かした。

 ドサッ!

 何かが――もちろん、俺の身体――がコンクリートに叩きつけられる音が耳に入ってきた。俺は左肩から落下した。上手く回転して衝撃をのがそうと試みてみたが失敗した。痛。
 喉の奥からねずみをすりつぶしたような音が溢れる。痛。頭の中でガンガンアラームが鳴り響く。コンディションレッド発令! 吐き気がする。痛。

 それでもなんとか立ち上がろうとした。失敗した。もう一度試してみた。失敗した。ダメだ。ちょっと休憩しよう。痛。

 と、思ったのだが、すぐにビルの出入り口から足音が耳に入った。顔だけをそちらに向けて確認した。痛。
 白いスーツを来た小太りの男が、後ろを見ながらこちらに向かって走ってきた。悪趣味な紫色のネクタイが嫌に目につく。
 男は、地面に倒れている俺に気がついて足を止めた。距離は20mぐらい。めちゃくちゃびっくり顔をしてるので少し笑ってしまった。

 俺はもう一度立ち上がろうと頑張ってみた。今度はよろめき長もなんとか成功した。傍から見たらゾンビのように見えただろう。痛。

「な、な、な、なんじゃわりゃぁ!」
 男がクチから泡を飛ばしながら喚いた。目が以上に血走っている。

 俺は本当に何なんだろう、なんでこんな痛い目にあってまで必死になっているのだろう。給料が高いわけでもない。やりがいがあるわけでもない――俺は別に人を殺すことが好きではない。当たり前だろう?
 ……ああ、とにかくこんな面倒事はさっさと終わらせてしまおう。帰って風呂に……いや、医者にかかりたい。そして酒を飲んでさっさと寝よう。

「……らぁ! てめえ! なんか言えよこら! 殺すぞ!」

 男の怒声で我に返った。やばいな、一瞬だけどトンでたな。
 拳銃を後手に隠して、男に向き合って顔を確認した。やはりブリーフォングで見た顔だった。サカモト組の組長であり今回のターゲット。間接的に俺をこんな目に合わせたクソ野郎。
 今ではもう痛みも感じず、全身がしびれはじめている。どうしてくれるんだよクソ野郎。なに俺に拳銃向けてんだよこら。ヤクザが何だ。サラリーマンなめんなよ。

「訊いてんのかこのやろ……」
「うるせぇよ」

 俺はすばやく拳銃をヤツにむけて、ろくに狙いを定めずに引き金を引きまくった。ヤツは銃弾と共に下手くそなダンスを踊る。俺は引き金を引き続けた。ヤツは血を撒き散らす布袋となって倒れた。拳銃の軽い反動にも絶えられずに俺も倒れた。

 またしても休む暇もなく新しい足音。……この足音は先輩だ。ドタドタと地面を強く踏みつける独特の走り方。先輩は足が遅い。

「ハァハァ……おい、ハァ……大丈夫かイヌイ」
 先輩が息を切らせながら言った。先輩は体力もない。
「大丈夫、です。それより、ターゲットは?」
「安心しろ。死んでいる。すぐに衛生班を呼んでやるからな。楽にしてろ」

 先輩は携帯を取り出してどこかに電話をかけた。時折俺に目を向ける。心配してくれているのだろう。顔は怖いけど優しい先輩なんだ。本人には顔が怖いなんて口が裂けても言えないけれど。
 寝転がりながら空を見上げた。雲はさっきよりも黒くなっていた。雨が降りそうだな。まあ、今日はもう外出をする予定はないからどうでもいいか。
 顔を横に向けると先輩の靴が目に入った。年季の入った靴だった。先輩の給料も安いのかな。今度聞いて、いや止めておこう。どうせ訊いたところで睨まれて――本人は睨んでいるつもりはないらしいけど――うやむやにされるだけだ。

 俺はボケッと先輩の靴を眺め続けた。夏だと言うのに寒気がしてきた。衛生班早く来てくれ……ん?
 視線の先、先輩の靴の向こうにあるサルヤマの死体。それが動いた気がした。
 俺は目を凝らした。サルヤマの死体がピクピク動いていた……気がすた。まさかね? 激しくまばたきをしてから再び目を凝らした。目がシパシパする。
 死体はピクリともしていない。俺の見間違い……。

「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOW!」

 突然、死んだはずのサルヤマが雄叫びを上げて跳ね上がった! 文字通り跳ね上がったんだ。倒れていた状態からだ。
 雄叫びは人のそれとはまるで違う、まさに獣のモノのようだ。
 わけがわからないが、唯一理解していることは、危険が危ないってことだ。

 雄叫びに反応した先輩は携帯を手から離して振り返った。そして、両手にオートマチックショットガンを持って俺とサルヤマの間に立った。

 叫びながら辺りを見渡していたサルヤマは、俺達の存在に気がつくと四足歩行の獣のような格好で襲いかかってきた!


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