ぴ~すふる その9
前回のあらすじ
カフェイン(???/今は犬)のアジトにタロー(少年/人)と
マッドも博士(青年/人)、おまけでユッキーちゃん(ユキコ/人)が集まった。
次に行っちゃう
初めから
=>[カフェインのアジト]
「……ということです」
「なるほど。それなら……ということかな?」
「はい……それが……」
「ふむふむ……」
「暇だぜ」
タローはサイダーを呷った。視線の先、脱出船の前でマッドも博士とカフェインが話し込んでいた。
あの後(前回冒頭または前回末尾)五分程経過した頃に、カフェインが宇宙船内部から虹色に輝く液体が入った注射器を持ってきた。正確には口に咥えて。そして、タローが問いかけるよりも前に、まだ気絶していたマッドも博士の胸に注射器を突き刺し、中の液体を注入した。
するとマッドも博士は目を覚ました。ゆっくりと立ち上がり、白衣の裾をなで、周囲を見渡して、タローを見つけて「あれ? なんか眠っちゃったみたい」とのんきに言いはなった。その時タローは眉をひそめた。
続いて、マッドも博士はカフェインに向かって「カフェインさんでしたね。はじめまして。皆からはマッドも博士と呼ばれています」と、驚き恐れ戸惑いなどの感情を一切表さずに言ったのだ。それどころか、気の許せる友人に見せるような微笑浮かべている始末。カフェイン、お前何かやったな。
「”’$%#!#と申します。言いづらければカフェインと呼んでください。それでは、早速ですがあなたの力をお借りしたいので、こちらへ……」カフェインがそう言って踵を返し、マッドも博士が後を追った。
それから二人は、例の四次元超高解像度ホログラムの前であーだこーだと話しあいを始めたのだった。それが十五分ほど前。その間、タローはほったらかし。
「一本頂戴」
先程まで、持ち前の探究心と好奇心であちこちを探索していたユッキーちゃんがタローそばへ寄ってきた。探索に飽きたと顔に書いてある。
「ほらよ」
「ありがと」
このやり取り、煙草でも渡しているように聞こえますが、サイダーですからね。あしからず。
「で? あんたは何やってんの?」とユッキーちゃん。
「それは俺のセリフなんだが」とタローが言い返す。
「私は超凄腕情報屋美少女よ。こんな面白そうな事ほっとけないでしょ」
「その設定まだ押す?」
「設定って何よ」
「なんでもねーよ」
タローはいかにもめんどくさそうにシッシと手を降った。
ユッキーちゃんの口から勢いよく「なによ!」が飛んできた。タローは首を曲げて避けた。「なによ!」は土壁にぶつかり弾けて消えた。
「暇だぜ」タローはもう一度つぶやいた。
◆
「それでは、すり合わせをしたいと思います」
「はい」「うい」「いいわよ」
四人は脱出船の側面に集まっていた。マッドも博士は脱出船の脇に立ち、他の三人はその前に浮かんでいる椅子に座っていた。
タローは若干不敵されて様子。ユッキーちゃんは興味津々。カフェインは犬。
「それじゃあ、まずは何が起きているかをタローくんたちにも分かるように説明するね」とマッドも博士。
「うい」「うん」
「それと、間違っていたら指摘してください」と博士はカフェインに言った。
カフェインは神妙な面持ちでうなずいた「はい」
「それじゃあ、まずは……」
マッドも博士はいつの間にか手に持っていた細い棒きれ──ユッキーちゃんが見つけたアンテナの残骸──を脱出船に当てると、ポォンと例の低解像度ホログラムが浮かび上がった。
「空の向こうには宇宙っていう広い空間があります。その中にはいくつもの世界があります。僕たちがいるここ〈バース〉もその一つだね。そして、世界が危機に面しています」
「ホラッ、私が言ったとおりじゃない」とユッキーちゃんが勝ち誇った表情をタローに向けた。
「何の話だよ」とタロー。
「はぁ? あんた私の話を聞いてなかったの!?」と椅子から身を乗り出してタローに噛み付くユッキーちゃん。
「静かにしろよ。お前のために博士がわざわざ一から説明してんだぞ」
「ムキー」
ユッキーちゃんは不満げながらも姿勢を戻した。
「続けるね? えーっと……全世界が危機に面しています。具体的には、その世界に住む生物がみんな暴力的になってしまいました。それにより至るところで生き物が喧嘩をしています。中にはそのせいで生物が絶えてしまった世界もあるようです」
「暴力的ってタローみたいね」とユッキーちゃん。
「タロー殿とは暴力的ではないと思いますが」とカフェイン。
「ユキコは無視していいぞ」とタロー。
「ユッキーちゃんね。あと無視しないでよ」
「……それで、その原因が通称ヘイター。生物の怒りとか悲しみとかの負の感情に反応して生物に取り憑きます。取り憑かれた生物はさっきも言ったように暴力的になります。それで……」
「質問!」
天を貫くように鋭く手を挙げるユッキーちゃん。指先もきっちり揃ってる。あまりの鋭さに、隣でつまらなそうに話を聞いていたタローがビクッと。
「はいどうぞ」
「そのヘータってのは幽霊なの? どこからきたの?」
「ヘイターです」とカフェイン。
「そうだね、カフェインさんが言うには幽霊かそれに近いものらしいよ。幽霊なんて非科学的なもの、僕は認めたくはないけどね」
と若干渋い顔をするマッドも博士。単純に幽霊が怖いからそう言っているのでは?
「で、どうやら残っている世界はバースだけらしいんだ。だからカフェインさんはここに逃げてきたと。それで、これからヘイターをどうにかして世界を救うのが彼の使命だそうです」とどこか他人事の博士。
「どうにかって?」とユッキーちゃん。
「はい良い質問だね。ここからが大事なことです」
と区切って三人の顔を見るみるマッドも博士。そして、みんなが話を聞いていることを確認するとたっぷり十二秒もったいぶってから口を開いた。
「正の感情を集めてもらいます」
「はぁ……?」とタロー。
「なにそれ。せいってあのせい?」とユッキーちゃん。
「そう、その正だよ」と適当言う博士。
「ちょっと! 嫁入り前の美少女に向かってなんてこと言うのよ! 変態」そう言ってわざとらしく非難の視線を向けるユッキーちゃん。
「えっ? ……あっ、いや、違うよ! そのせいじゃなくて……嬉しいとか楽しいの正だよ。5画の正だよ」
あたふたと言い訳をするマッドも博士に対して、ああこれだがら男子はいやねえと首を振るユッキーちゃん。君も大概だと思うぞ。
二人のコントめいた掛け合いを黙って見学していたタローは半目でカフェインを見た。カフェインは犬目で見返した。犬目ってなんだ。まあいいや。
「なあカフェイン」
「何でしょうか」
「ユキコ、黙らせられねえか? 注射とか秘密兵器とかで」と親指で首を掻っ切るポーズをするタロー。
「できますが……協力者は多いほうがありがたいので、できればユキコ殿にも聞いてもらいたいのですが」
「あー……そう?」顔をしかめて視線を博士に戻す。気持ちはわかる。
「──ゴホン。えーっと、それで、正の感情の集め方なんだけど」
なんとかユッキーちゃんをなだめたマッドも博士は、白衣のポケットから細長いガラス容器を取り出した。
長さは博士の中指程、太さは博士の親指程。中身は空っぽで、両端に黒い蓋めいたモノがついている。一応言っておきますが博士の指ではないよ。
「これを持っているだけでいいそうです。そうですよね?」
「はい」とカフェイン。
「で、これなんだけど……口で説明するだけじゃわからないと思うから……タローくん、ちょっとこれを持っててくれる?」
マッドも博士はタローにガラス容器を差し出し、タローは何も言わずにそれを手にした。
手の中で転がしたりしたが、変形したり変色したりはせず、やはりただの変哲のないガラス瓶のように見える。しばらく観察ガラス瓶を観察した後に、視線を博士に向けた。
「ところでタローくん、喉乾いてない?」両手を後ろに回した姿勢のマッドも博士。何かを隠し持っているようだ。
「サイダーは間に合ってるぜ」とタローが手元の瓶を軽く振る。
「えっ、あっ、そう……」
「もらえるならもらっとくけど」タローのフォロー。
「あっ、私にも頂戴」これはユッキーちゃん。両手を前に出して要求。
雨の日に外出した時にお気に入りの店がちゃんと空いていたような──なんちゅう比喩表現だ。もっとマシなものは思いつかなかったのか──ホッとした様子のマッドも博士は、背中に回していた両手を前に出した。その両手には、ほのかに青みのかかった液体の入ったビーカー。どこから持ってきたのだろうか。
「はい、どうぞ」
と差し出されたものを大人しく受け取る二人。手で仰いで匂いをかぐタローと、即飲みのユッキーちゃん。ゴクゴクゴクと一息で飲み干してプハー。
「甘味と酸味のバランスが良くて、なかなか美味しいわね」
「ほーん」タローは、隣の腐れ縁ガールが発光したり溶けたりしないことを確認してから口をつけた。「ぶどうジュースだ」
二人が……というかタローさほど時間をかけずにジュース(?)を飲み干した。マッドも博士は二人からビーカーを受け取った。
「どう? 美味しい?」
「ああ。たまにはこういうのもいいな」「美味しかったわ!」
「それはよかった。──おお、これが……」
二人の様子をうかがっていたマッドも博士の視線は、タローに持たせたガラス容器で止まった。不思議なことに、タローが持たされていた細長いガラス容器の中にわずかだが虹色の液体が付着していたのだ。
「なんじゃこりゃ」とタロー驚きの声を上げた。
「それが、ピースの元です」とカフェインが言った。
「ピース?」とタロー。
「それが正の感情だよ」とマッドも博士「ですよね」
「そうです」とカフェイン。
「「へー」」タロユキが声を揃えて言った。
タローはガラス容器をみなが見える位置に掲げた。わずかな液体はしかし洞窟内の明かりを吸収しているかのように輝き激しく自己主張している。まるで駄菓子屋に売っているけばけばしい色のキャンディーのようだ。添加物たっぷりで体にあまり良くないタイプのやつ。
しばらくみんなで観察した後に、ガラス容器をマッドも博士に返した。
「もう分かったかもしれないけれど、これがタローくんとユッキーちゃんのジュースもらって嬉しいとかジュースが美味しいと思ったときに……」
ここでタローは意味ありげにユッキーちゃんをチラミした。
「……出てきた感情をこの装置が吸収したんだ。それで、この液体を集めて一旦凝縮させ……まぁ、ここらへんは興味ないよね。えっと、色々してできたものがピースといって、ピースをたくさん作ればさっき言ったヘイターに対抗することができるんだって──今ここには一個もないらしいけど」
「そして、世界を救えます。──理論上は」カフェインが後を引き継いだ。最後のほうは小声だった。
「質問」タローがやる気なさげに手を上げた。「そのピースってのはどれぐらい必要なんだ?」
「確かなことは分かりません。なので概算しか出せません。少なくとも先程のサイズの収集機で五万本ほどですかね。感情の質によって上下します」
「へー五百……」
タローは黙り込み、ガラス容器を凝視した。脳内に浮かび上がる数式。……カタカタカタカタ……。
「二人がジュースもらってたったあれだけなんでしょ? 無理じゃない?」と誰もが言いずらいことを、ズケズケと言うユッキーちゃん。バースの特攻隊長、イカれた暴走特急とはヤツのことよ。
しかし意外にも、カフェインは正直にうなずいた。
「ええ、私もそう思います。なのでピースの元を集める共に効率のよい製造方法を確立しなければなりません。それにはマッドも博士殿の助力をお借りしたく」
「もちろん。僕にできることならね」とマッドも博士は不格好なウインクをして言った。反応は帰ってこなかった。まぶたは何もなかったかのように戻っていった。
「ふーん、じゃあ俺はそれを持って、誰かのためになることをやればいいってことか」とタロー。
「ええ。お願いできますか? 方法は任せます」とカフェイン。
「まーいいぜ。乗りかかった船ってやつだな」
「私は興味ないからパス」とユッキーちゃん。
「ありがとうございます」カフェインはタローにだけお礼を言った。
「無視しないでよ!」
「それじゃあ、今後の進め方だけど──」
「ちょっと!」
ワイワイギャーギャーにぎやかなアジトですね。
◆
「それでは、よろしくおねがいしますね」
「ええ、お互い頑張りましょう」「おう」
野郎二人はカフェインの見送りられながらエレベーターに乗り込んだ。え? ユッキーちゃん? 彼女なら何度も無視されたからか不貞腐れて先に帰ったよ。
扉が閉まり、エレベーターが下がってゆく。会話はなかった。
=>[テッペン山脇の森]
チーン。ドアが開き、外に出る二人。森の中は薄暗い。エレベーターの扉が閉まりカモフラージュされると一層暗くなった。
「明日から大変だねえ」とマッドも博士が言った。
「そうだな……」
どこか気のない返事をするタローに小さく首を傾げる博士。すぐに首を戻して歩きだす。
森から道にでる二人。日はだいぶ傾き、空は暗くなりかけていた。これぐらいの日差しなら、マッドも博士でも休憩無しで帰れるだろう。
二人は倦怠期の夫婦のように会話を一切せずに歩き続けた。
朝のバス停に差し掛かったとき、
「あのさあ」
突然タローが口を開いた。前を歩いていたマッドも博士が足を止めて振り返った。疲れが濃く出てる顔に無理やり微笑を浮かべていた。
「一つ聞いていいか?」とタローは続けた。
「なんだい?」
「俺が言うのも何だけどさ……博士はさ、カフェインの話を信じたのか? 世界だとか危機だとかさ。正直意味分かんなくねえ?」
「うーん……そうだねえ。なんとなくだけど、僕はカフェインさんが嘘を言っているとは思えなかったんだよね。それと、理由は他にもあるんだけど……まあ、興味があるならその話はおいおいしてあげるよ」
意味深な表情で言葉をにごす博士。彼は彼でなにか知っているよう。
「もったいぶってないでさっさと言えよ!」と思った方は握手しましょう。
タローもそう思っているのか「ふーん」納得をしていない様子。
「さ、早く帰ろう。明日から忙しいからね」
と言って歩きだそうとした博士だったが、少年が立ち止まったままなのを見て頭に疑問符をひとつだけ浮かべた。
「タローくん?」
「……俺、ちょっとここで休憩してから帰るわ。だから博士は先帰っててくれよな」タローはそう言うとベンチに腰を掛けた。
「大丈夫?」
「大丈夫。それより、自分でも言ってたけど博士は特に明日から大変なんだろ。体弱いんだし早く帰って休んだほうがいいんじゃねーの」
「……うん、分かったよ。夕方とはいえまだ暑いから気を付けてね。水分補給忘れずにね」
マッドも博士は大人しく先に帰ることにしたようだ。彼なりに空気を読んだのかもしれない。
リュックサックから取り出したサイダーを飲みながら、ゆったりとした足取りで帰っていくマッドも博士の背を横目で見るタロー。後ろ姿が遠くなったところで視線を外した。
どれほど経っただろうか。バス停には誰一人何一つ現れず──最後のバスが来たのは十数年──空ではカラスがアホーアホーと誰かを罵倒し、森の中でヒグラシが悲しそうに鳴いていた。
タローはビンをベンチに叩きつけるようにして置いて立ち上がった。
「あー! 面白くねえなあ! 俺は脇役かよ。お使いと変わりねーじゃん。博士がいれば俺はお役御免ってことかー? ちぇっ」
タローに蹴飛ばされた小石が、赤く染まる田んぼの中に落ちてピチャンと音を鳴らした。波紋はすぐに収まった。
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