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ファントムの電脳空間ツアー

 ふんふーん、ふんふーん……ん? おい、お前。一体全体こんなところで何やってるんだ? ……おい、なんとか言ったらどうだ……ああ、ここの〈黒い氷〉に囚われてるのか。どんくさい奴だ。おおかた、カネに目がくらんだマヌケか、腕自慢のアホか、何も知らないガキか、その全部ってところか? ……ちっ、仕方ねえなあ。

 ふんふん、たいしたこたぁねえな。〈黒い氷〉の中でも最底辺クラスのしろものだ。ふん、こんなもんに引っかかるたぁ、お前さん、相当なマヌケでアホだな。ちょっと待ってろ……カチ、カチ、カチ、パチン!

 よし、これでもう大丈夫だろ。視覚も戻ってるし体も動くだろ? おっと待った! 強制ジャックアウトしようとするなよ。データが相手に筒抜けになるぞ。それと、あまりむやみに動くな。ここにゃ、まだ〈黒い氷〉がうじゃうじゃいるんだ。あんなのは序の口だ。

 とりあえず、後ろに2、左に3もいっちょ後ろに2、最後に右に4クリックしろ。そうすればそこから抜けられる。そうだ……いいぞ、次は左だぞ。あ、そうだ、ちなみに、今、お前の右手にはかなりやばい〈黒い氷〉があるから気をつけ……おい! アブねえぞ! それぐらいで動揺してんじゃねえ! とっとと移動しろ。……どうした? 次は左に2だぞ。ビビって動けなくなったか?

 仕方ねえな。じゃあ視覚を閉じろ。そして、自分の心臓の音を聞け。なに? ジャックイン中だから聞こえない? そんなことはねえ。今、お前は意識をすべてこちらに割いているから聞こえないだけだ。だから少しだけ現実に意識を割いてやれば、心臓の音と手の感覚ぐらいは感じることができるぞ。あ? うるせえな、四の五の言わずにさっさとやってみろ! おいていっちまうぞ!

 ……聞こえた? 思い込みじゃなくてか? ほーう、少しはやるじゃねえか。小僧、案外カウボーイの素質あるかもしれねえな。あー、ハッカーのことだ。忘れろ。ま、そんなことよりだ、落ち着いてきただろ? 次は左に2だ。……よし、そうだ。そうそう。……最後に右に4……よし、よくやった。ゴールだ。

 それじゃあさっさとここを出るぞ、付いて……そうだな、俺に触れろ。そう、そうだ。離すんじゃねえぞ!

JUMP JUMP JUMP JUMP JUMP

 よし、ちゃんと着いてこれてるな。ほら、ここならジャックアウトしても大丈夫だ。

……ありがとう? はっ、気にすんな。ただの気まぐれだ。そうだな、気まぐれついでに何でも訊け。知っていることなら答えてやる。

 は? さっきの場所だ? お前、そんな事も知らないであんなところに居たのかよ。あそこはな、フダノ・テックのメインサーバだぞ。そうそう、陰陽とテクノロジーの融合とかなんとか謳ってるあそこだ。……どうでもいいだろ。散歩だよ散歩。次の質問は?

 そうだな……とりあえずファントムと呼べ。あ? うるせえな、由来なんてどうでもいいだろ。どうせ明日にはまた変わってるんだ。そういうお前はゼロって言うのか。なんで名前がわかるかって? 俺ぐらいになればソレぐらいはお茶の子さいさいだ。悪用しねえから安心しろ。

〈黒い氷〉ってのはな……そうだな。〈氷〉はわかるな? そう、それだ。サーバとかデータとかを守ってるアレだ。で、ソレのやばいバージョンだ。〈氷〉が壁だとしたら〈黒い氷〉は倒れてくる壁……いや、攻撃してくる壁……うまい表現ができねえな……。とにかく〈黒い氷〉は俺たちを捕らえたり、脳を焼き切ろうとしてくる。ま、たいていは殺されるな。だから実際危なかったんだぜ? だからありがとうはいいって。恥ずかしいだろ。

 ふーむ、小僧、暇か? そうか、よし、なら俺がこの世界を軽く見せてやろう。安心しろ、金は取らねえよ。それじゃ、さっきみたいに、掴まってろよ。

 JUMP JUMP JUMP JUMP JUMP :)

 まずはここだ。何に見える? そうだ、見たまんまパブだ。いや、もちろん実物じゃないけどな。ここはハッカーのたまり場だ。まだ警察にも大企業にもどこにもマークされてないから安心安全……ではないけど刺激的だぞ。中に入るぞ。

 今日は少ねえな。ま、この時間だとこんなもんか。ピーク時花、アバターが重なって一目じゃ把握しきれないぐらい集まるんだぜ。今度1人できてきな。アドレスは今送っといた。

 よお、ハーフブレイン、久しぶりだな。もちろん元気に決まってんだろ。こいつか? たまたま拾ってな、社会見学の真っ最中だ。じゃあな。お、スローターハウス555じゃねえか。ハマー商事のサーバーにアタックしたって聞いたぜ。はっ! スローターハウス555も老いたもんだな。ん? ああ、ジャックポッドキラーか。あー、今ちょっと忙しいからまた今度な。老い小僧、あいつはマジの殺し屋だから気をつけろ。ま、怒らせなければ大丈夫だとは思うが。よし、あの席に座るぞ。

 やれやれ、どっこいしょ。マスター、生2。……な?なかなか面白いところだろ? ここじゃ上から下まであらゆる情報が入ってくる。ここ以上に勉強できる場所はねえな。マスターサンキュー。……あのマスターも顔が広いから関わりは持っておいて損はねえぞ。あと単にいいやつだからな。

 ソレよりもテーブルの上を見てみな。そうだ、そのグラスだ。上物のビールだ。ふっ、電脳世界でって思うだろ? ところがどっこい、実際に味わえて酔える代物よ。あ? 違う違う、ドラッグじゃねえ。安心して飲めって。ビールは嫌い? ……おこちゃまめ。俺が2杯飲むから待ってろ……。

 よし、そろそろ次に行くか。まだ大丈夫だろ? そうか、なら次は……へへっ、腰抜かすんじゃねえぞ。

JUMP JUMP JUMP JUMP JUMP X)

 よし到着! 坊主、下を見てみな……! ……おいっ、落ち着け1 心臓の音だ!

 落ち着いたか? まあ、突然パリの上空に飛ばされたらそうなるよな。へへっその反応が見たかった。ま、ちょっとしたユーモアだ。許せ。そんなことよりも周りを見てみろよ。お前、パリなんて見たことないだろ?

 ん? ああ、これはな、人工衛星の目にこっそり乗せてもらってんだ。そりゃあもちろん違法だ。〈氷〉も〈黒い氷〉も上手く抜けてきたんだ。ま、簡単だったけどな。それよりも行きたい所があれば言え、出血大サービスで好きなところを見せてやろう。宇宙か? 北極か? 日本でもいいぞ。

 ソレよりも〈氷〉の破り方を教えろ? ……それは教えられんな。人によって方法は違うしな、相性ってのもある。それにな、自分で破り方を学べないやつは、どうせすぐに死んじまう。俺はそういうやつをたくさん見てきた。ま、俺みたいになりたかったら、一からゆっくり勉強するこったな。

 さて、次で最後にするか。せっかく〈氷〉の話が出たんだ。とびっきりを見せてやろう。

JUMP JUMP JUMP JUMP JUMP JUMP JUMP…

 ちっ、坊主を連れてたせいか少し手こずっちまったぜ。見てみろ。でかいだろ? 俺が見た中で最高最悪の〈黒い氷〉だ。おっと、これ以上近づくな。こいつは近くにいるだけで脳をやられる。まったく、WG財閥もとんでもないものを作ってくれたよな。よっぽど守りたいもんでもあるのかねえ。ま、坊主ですら見えるように作ってるんだ。示威行為も兼ねてるんだろうな。

 俺たちはこいつを”孤寂”って呼んでる。しかもだ、こいつはただの〈黒い氷〉じゃないぜ。こいつはな、高性能AIでもあるんだ。だけどコミュニケーションは取れないぜ。どれだけ効率よく外敵を焼き切るかしか考えてねえ。……そろそろやばいから逃げるぞ。

JUMP JUMP JUMP JUMP JUMP

 さて、ツアーはどうだった? 楽しかったか。そりゃ良かった。それじゃ、疲れたしそろそろお別れだ。……そうだな、運が良ければまた会えるかもな。ま、なんというかだ……坊主には才能のかけらがあるから、この世界を生き続ければきっと会えるさ。ま、まずは自分が飛んでる場所をしっかりと把握するところからだな。じゃあな。坊主も休め。

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