新井隆人

詩人。芽部代表/前橋ポエトリー・フェスティバル/まえばし詩学校/朗読ユニット「The …

新井隆人

詩人。芽部代表/前橋ポエトリー・フェスティバル/まえばし詩学校/朗読ユニット「The Eyes」「くぽんぽん」「軋轢」「キツネタケと胞子くん」「月映TSUKUHAE」/詩人戦隊ポエーマンズ「ポエーマン濃紅」ポエム坂48/ぐたぐだ短歌/うしろまえばし

最近の記事

前橋街なかの吟行句会で提出した句

今日の吟行で提出した句。テーマは春。 「マネキンの脚だけ伸びる春の風」 下着や靴下を販売している八幡屋さんのディスプレィを題材に。 「仰ぎみて春風すくう木のスプーン」 せともの屋の菊屋さんの店頭に並んだたくさんの木のスプーンを題材に。 歳時記持ってたけど、難しい季語使えなかった。

    • 初めて吟行と句会に参加して、詩との違いを考えた

      今日3月16日は、まえばし詩学校特別編 芽部×銀竹 俳句入門ワークショップ。 ぼくは芽部代表として銀竹とコラボしたけれど、ほぼ銀竹に任せて、ぼくは一参加者としてイベントを楽しみました。 銀竹の大学生たちが準備も当日の運営もてきぱきとこなし、すばらしいチームワーク。 初めて「吟行・句会」に参加して、その魅力に目覚めました。575と季語、ふたつのルールに縛られるのはとても大変だけど、ルールがあることで参加しやすさがぐんと高まります。 みんな前橋の街なかを歩いたのに、24人

      • 京都書院アーツコレクションの工藤早弓「明治・大正 詩集の装幀」を読んで近代詩の歴史を振り返る

        写真は、工藤早弓「明治・大正 詩集の装幀」(1997年)という文庫サイズの本。 40代以上は記憶があると思うけれど、「京都書院アーツコレクション」というシリーズがあって、新刊書店に並んでいた。 京都書院は老舗の美術書出版会社だったけれど、出版不況の影響で1999年に倒産。でも、出版物は宮帯出版社が窓口となり販売を続けている。 京都書院アーツコレクションは何冊か持っているけれど、一番お気に入れはこれ。 内容は、写真9割、文章1割だけれど、近代詩の幕開けから現代詩に引き継

        • 「UPDATE EARTH 2024 ミライMATSURI @前橋」で社会と詩のイノベーションについて考える

          今日3月2日、グリードーム前橋で、大きなイベントが開かれたので、観覧に行った。街なかの会場も連動しての官民共同イベント。 デロイトトーマツが始めた国内最大級のイノベーションプロジェクトで、その第1回として前橋が選ばれた。 前橋で開催できたのは、JINSの田中仁さんと山本前市長の寄与が大きいと思う。オープニングトークでは、小川新市長とともに、山本前市長も登壇し、一緒に並んで話している光景が頼もしく見えた。 自民党の経済政策、イノベーション施策は、現在動いているから目に見え

        前橋街なかの吟行句会で提出した句

        • 初めて吟行と句会に参加して、詩との違いを考えた

        • 京都書院アーツコレクションの工藤早弓「明治・大正 詩集の装幀」を読んで近代詩の歴史を振り返る

        • 「UPDATE EARTH 2024 ミライMATSURI @前橋」で社会と詩のイノベーションについて考える

          非認知能力で詩を書くということ

          2月25日の上毛新聞に、群馬県教育委員会が2つの高校で「非認知能力」の評価・育成事業を始めたという記事が載っていた。 「非認知能力」とは、新聞によると「学力では測れない自主性ややり遂げる力」。 ちなみに、学力は認知能力ともいえる。 「認知能力が低くても非認知能力が高い場合に雇用率が高いといった研究がある」と記事に書いている。 おー、群馬県教委やるじゃん、って思った。 確かに、ぼくたちが生活を営む上で、認知能力と非認知能力のどちらを使っているかというと、圧倒的に非認知能

          非認知能力で詩を書くということ

          詩はアートの一部、だけれど

          2月22日に、経済産業省のホームページで「×ART スタートアップガイドライン」が公表された。 アートプロジェクトをはじめたいと思っている地方公共団体や地域住民向けの手引書のようなもの。 経済産業省は、ときおり良質の文書を公表するので、参考にしている。 2015年の「コト消費空間づくり研究会報告書」とか、2016年の「地域ストーリー作り研究会報告書」とか。 前橋市の中心市街地で詩を活用した活動をしているぼくにとって、コンセプトやイベントのアレンジを考える上で参考になる。

          詩はアートの一部、だけれど

          詩の活動では暮らしていけない

          誕生日を迎えて、59歳になってしまった。 気持ちの一部は10代のまま成長が止まっているので、こころとからだのバランスがどんどん欠けていっている。 会社の定年退職まであと1年とちょっと。まさか実直にここまで勤め続けるとは、学生の頃は思いもしなかった。 60歳で新たな道に進むのか、再雇用で勤め続けるのか、数年前からずっと悩んでいるけれど、結論が持てずにいる。 詩の活動で暮らしていけたらいいけれど、これまでずっと活動してきた経緯を振り返ると、詩の活動はビジネスとして成り立た

          詩の活動では暮らしていけない

          前橋で、詩と暮らすということ。

          noteをはじめてみようと思う。 ほかのSNSでは長い文章をしっかり書くことをしていないので、この場で書いてみることにする。 決めごととか、予定調和とかが嫌いだから、何を書くかは気分次第で、不定期投稿になるだろう。 どんな文章を書いても、そこには詩が流れている。 そんなふうになるといい。 詩、というより、ポエジー。詩情。 高校時代に近所の本屋で近代詩人の文庫本を買うようになり、詩という形態に無限の可能性を感じた。 ほどなく高校の図書室で思潮社の現代詩文庫を見つけ、何冊か

          前橋で、詩と暮らすということ。