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【毒猿 新宿鮫2】 強い想いというものは、残り受け継がれるのかもしれない

毒猿 新宿鮫2
光文社 2015年7月25日初版2刷発行
大沢在昌(おおさわ ありまさ)

新宿鮫の2巻です。
1巻の読書感想文はこちらからどうぞ。

映画でもマンガでも、もちろん小説でも、一作目がヒットした後に作られた続編というものは、えてして失敗に終わる傾向にあると、なんとなくですが私は思ってます。
二匹目の泥鰌ってやつですな。
もちろん二作目もヒットした素晴らしい作品もありますが、どうしても一作目のインパクトが強すぎて二作目は印象が薄くなりがちです。
あ、私の勝手な思いこみですよ?

で、新宿鮫の第二作目である「毒猿」です。
まぁ上に続編の難しさなんてグダグダ書きましたが、いやー、新宿鮫2は最高でした。
難しかったと思うんですよ。最初から続編を書くことが決まっていたかどうかはわかりませんが、当時でも一作目は高い評価を受けたと思うんです。その状態で続編を、となったときには多少プレッシャーもかかるとは思うのですが、思い切った設定で二作目は一作目を越えてきたと思います。
新宿鮫というタイトルから主人公は一作目と変わらず新宿署の鮫島。さすがにここは変わらない。鮫島の周りにいる上司の桃井や恋人の晶も出てきます。
それでは設定のどのあたりが大きく変わったのか?
それは全体的な構成とストーリーの展開だと思ってます。
警察が舞台となる以上、そこに事件が発生し主人公がその事件に挑む、という図式に変化はありません。ですが、その主人公が明確に「ストーリーを動かす役割に徹している」のです。もちろん鮫島を中心にストーリーは進むのですが、鮫島が動かすのではなく、鮫島も動かされるのです。
このあたりの書き方は本当に素晴らしい。
鮫島が後手に回らざるをえないようにストーリーが進んでいくのです。
では、鮫島に代わってストーリーを動かしていくのは誰なのか?
そうです、ここでタイトルの意味がわかるのです。
そうです、ストーリーを動かしていく主人公ポジションに座ったのは「毒猿」と呼ばれる人間です。
この「毒猿」と「毒猿」に関わりを持つ者によってストーリーは近づき、離れ、交わり、大きくラストまで突き進むのです。
一作目でも感じましたが、この作品はストーリーの緩急を描くのが巧い。読むスピードは変わらないのですが、なぜかストーリーの中に入り込んだかのように時間の流れが異なって感じます。
このようなストーリーの組立方は、鮫島がスーパーマンでは無いということと無関係ではないでしょう。いくら警官で単独行動をするような男であっても、肉体的な強さには限界があります。特に、一作目でもわかるように、表情や態度にでないだけで、恐怖を感じる場面の描写は少なくありません。そんな鮫島を主人公に据えたままでは、徐々に出来ることが限られてしまうのは明らかです。
そのテコ入れとしての、今作なのではないでしょうか。
鮫島の代わりに主役に据えられた者達が躍動します。

是非読んでみてください。
一作目を読んだ方が楽しめるのは当然ですが、この二作目だけを読んでも楽しむことはできます。
鮫島が巻き込まれた事件とは、そして「毒猿」とは何者なのか?
極上のハードボイルド小説を味わってください。


それでは、ここからは触れてこなかった「ネタバレ」を含みつつ、もう少し書いてみます。
ネタバレを読みたくない方は、ここで読むのをやめてください。
行数を10行くらい空けておきますね。









本当に読みますか?ネタバレありですよ?


では、書いていきます。

いやー、この作品が1991年8月に発売されたってのがすごすぎる。
29年前ですよ?29年前の作品でも、全く違和感を感じさせないってのが。。。現在でもシリーズ最新作が出版されている理由が解るような気がします。

さて、毒猿ですが、すごかった。
今でこそ格闘技の大会が大小様々な形で開催されているので、ネリチャギがどのような技なのか知っている人も多いかもしれません。頭に鈍器のような殴打跡となれば、ネリチャギの可能性を思いつくこともできますが、29年前では難しいだろうな。
このあたりは、29年という時間の経過を感じますね。
また、時間経過を感じる物として、携帯電話とポケベルが同時に出てくるってのもありますね。ただ、それが古くささを感じさせず、違和感なく読めてしまうのはストーリーの面白さに起因するのかもしれません。
今回は鮫島も積極的に事件に対して向かっていくのではなく、日本のヤクザ、台湾の警官、台湾のマフィア、台湾の殺し屋、と非情に難しい関係性もあり、前にでるわけではなく脇を固めている感じが素晴らしかった。
やろうと思えば、もっと鮫島の活躍を全面に出すこともできるでしょうが、毒猿と郭の友情と確執、毒猿の執念、奈美の想い。そうした多くの要素が複雑に絡み合い、鮫島を脇に置いたとしても良い作品になると判断できたのでしょうね。
実際に、毒猿の容赦ない動きは恐怖感を感じさせるものであり、淡々と仕事をこなすかのように殺人を繰り返しいていくのは、シリアルキラーとしても主人公にふさわしく、悪の側ではありましが、非情に強い魅力を感じさせるものでした。
そこには、毒猿を追ってきた郭の存在もあってこその魅力なのでしょう。
元々毒猿とは軍隊の特殊チームの仲間という設定が、郭の立場を微妙に揺らぎを残し、単純に私怨のみで動いているとは思わせない。
捕まえたい、しかし昔の仲間として道を正したい。
捕まらず裏切り者を粛正したい、それだけが望み。
交わりそうで交わらない二人の気持ちは、殺戮者と警官という立場を越えた部分で、飲み込めない理由があったのだろうか。
郭が毒猿を殺したいとは考えていなかっただろうし、毒猿は全てが終わった後だったら郭に殺されるのも受け入れたかもしれない。
読み手としてはもどかしさしか感じない。
何かもっといい方法が、二人が顔を合わせて話し合えば、あるいは。。。
それは読み手の勝手な想いなのでしょう。
郭と毒猿のストーリーは、おそらく作者の手を離れていた可能性すらあるのだから。

今作は郭と毒猿が主役であることに異論を唱える者は少ないだろう。
それほどまでに二人の存在感は抜きんでていた。
では、主人公である鮫島は?
鮫島は今作では狂言でいう「語り」のような役回りではなかったかと考えます。
ストーリーの本筋には絡むものの、決して中心に据えられることはない。外堀を埋めていくかのように、郭の物語と毒猿の物語を徐々に近づけ、交叉させ、一本の大きな道とする。今回の鮫島はそのような役だと思うのです。
そうなると鮫島の周囲にいる者、桃井や晶の出番は必然的に減ってしまうのですが、これは無理に書かなくてもいい部分。郭と毒猿にとっては全く関与しない話です。これはこれで良かった。
それでも、桃井も晶も「らしさ」を少しでも見せてくれたのは、作者のサービスか次作への期待ゆえか。

物語自体は読んでいる途中から誰も救われないんだろうなぁということを、なんとなく感じていました。鮫島はそれを解っていて、解ったうえで最後まで物語に付き合ったように感じます。郭から受け継ぐ毒猿への想い。自分の死期を悟った中で完遂した毒猿の復習への想い。それらにまとわりつくかのように複雑に絡み合った多くの想い。
それらを鮫島が望む形かどうかはわからなかったにしろ、きっちりと昇華させてみせたのは、鮫島の強さなのでしょう。
特殊な能力や才能を持った刑事や探偵が主人公の作品はこれまでにもありましたが、自分の信念に基づいて行動する普通の警官である鮫島は、そのような特殊ななにかが無くとも読者を魅了しつづけるのでしょう。

非情に素晴らしい続編でした。

サポートを頂けるような記事ではありませんが、もし、仮に、頂けるのであれば、新しい本を購入し、全力で感想文を書くので、よろしければ…