【新宿鮫 新宿鮫1】 鮫島という男の魅力を見せつけるシリーズ第一作目

新宿鮫 新宿鮫1
光文社 2015年5月25日 4刷発行
大沢在昌(おおさわ ありまさ)

1990年9月にカッパ・ノベルズで発表されたこの作品。
30年前に発表された作品とは到底思えず、古くささなんて全く感じさせないのがすごい。
新宿鮫っていう作品があるのは知っていはいました。たしか、新宿鮫ってシリーズもので、その4作目の無間人形が直木賞を受賞していたはずで、それもあって作品名だけは憶えていたんですね。
これまでも読む機会はあったと思いますが、ようやく読み始めることができました。

新宿署防犯課に所属する刑事、鮫島は単独で音もなく近づき不意に襲い掛かってくることから「新宿鮫」の異名を持つ、有能ではあったが警察署内における闇の部分の内情を知ったがために、誰とつるむこともなく単独行動で動く男だった。
主人公鮫島の紹介だけでも、この内容です。
ハードボイルドという言葉が脳裏に浮かんでくるストーリーですが、この作品の魅力はその言葉を体現するような行動を見せてくれる鮫島という男と、鮫島を取り巻く人たちの魅力ある設定にあります。
今作しか読んでいないので、続巻で正確が変わるということは無いと思うのですが、鮫島という男は、新宿署という日本でも有数の犯罪や事件の温床となっている新宿署の刑事であり単独行動を主としていながら、決してスーパーマンではない部分があったりします。普段は刑事としての顔や胆力、そういった行動を見せるのですが、弱さや脆さなんかも描写されるのです。
こういったハードボイルド作品の主人公というのは、弱みや脆さを見せないものだと思っていたので、驚いてしまうのですが、一方で現実の刑事であれば不死身でもなんでもない普通の人間ですので、恐怖との闘いはもちろんあると思うのです。このあたりは鮫島に感情移入してしまう理由の一つなのかもしれませんね。

ストーリーとしては、連続警察官殺人事件と改造銃密造犯が複雑に絡み合いながらクライマックスまで突き進んでいきます。もちろん鮫島だけで物語が作れるわけもないので、多くの警察官が登場しますが、警察の闇といいましょうか、どんな組織にでもありそうな派閥の立場や上下関係、腹の探り合い、そういった心理戦も描かれ、非常にスリリングな展開が次々と書かれていきます。
その中でも、私がこの作品で最も印象に残ったのは「スピード感」です。それは疾走感であったり、息も詰まるような濃密な時間だったり。時間の進み方を読者に感じさせることにより、ストーリーに緩急が生じているのです。速い展開も必要ですし、焦らす展開も必要です。それがあまりにも交互に訪れても読みにくいでしょうし、どちらかだけでも読みにくいものになってしまいます。
この緩急のつけ方は読んでいただかないとわからないと思います。
是非読んで、このスピード感を感じてください。

これが30年前の作品って本当に信じられない。文学は時間の経過に耐えられるものであると改めて認識させていただきました。良き作品との出会いに感謝を。


それでは、ここからは触れていなかった「ネタバレ」を含みつつ、もう少し書いてみます。
ネタバレを読みたくない方は、ここで読むのをやめてください。
行数を10行くらい空けておきますね。









本当に読みますか?ネタバレありですよ?


では、書いていきます。

全然古くないし、2020年に出版されたと言われても納得できる物語。音楽でもそうだし、美術品でもそうだけど、文学というものも時間の経過とは関係なく、いいものは時代を超越して受け入れられるのですね。

物語の大きな流れは3つ。
1つ目が連続警察官殺人事件。
2つ目が改造銃密造犯。
3つ目は上記の事件の流れの中で事件の内側に入り込もうとするエドという男の存在。
1つ目の事件は新宿署が中心になって捜査を行い、2つ目は鮫島が単独で、厳密にいえば多くの方の協力がある中での単独操作で進んでいきます。この2つについては、警察官が銃殺されていることからも読んでいて関連性には気が付くはずです。そもそも昔も今も、銃を手に入れるルートというのは、さほど多くなかったでしょうし、同じ土地で銃殺と改造銃という事件があるのであれば、そこに関係性がないというのはありえないでしょう。
この作品が単なる単調なストーリーとならなかったことについては、1つ目と2つ目の事件にまたがるように、3つ目のエドの存在があったと思います。
特に事件に大きく絡むわけではなく、それでいて1つ目の事件については関係性を保持する。1つ目の事件は犯人像がなかなか確立できない中で、このエドは殺人事件を知っているように警察とからもうとする。
結果的にエドを登場させたのが、結果的により物語全体にストーリーの余裕と引き締めと緩みの絶妙な加減ができたのではないかな、と感じてます。
事件を追う展開というのは緊張感に満ちている場合が多く、最終的に確保となるまでは警察側が後手に回る展開も多く、読んでいる読者としてみれば気持ちが落ち着く場面が少ないように思えます。
それはそれでスリリングでいいのでしょうが、悪い場合ですと一本調子の展開にもなりやすく、読者に読み疲れや飽きを生じさせるかもしれません。エドの存在が、緊迫した事件シーンから、安っぽい刑事ドラマの展開に憧れるエドの妄想シーンに切り替えられることにより、読者は一息つけると同時に、エドの思惑が成功するかどうか見守ることになるのです。
この緩急のつけ方は読者にとってとてもありがたい。

さらに緩急で言えば、時間の流れ方についても非常にうまく使われていると感じました。
全体的に、捜査や調査を行う場面では遅々とした息詰まるような時間が流れ、行動を起こす場面では疾走する感じで時間が流れる。特に顕著に表れていた場面は、鮫島が木津に捕らえられ、生命の危機に陥った場面と、ラストの砂上を捕らえようとする場面ですね。実際の時間で考えれば、どちらもそこまで長い時間ではなかった場面だと思うのですが、鮫島が捕らえられた場面は非常に濃密な時間経過に感じます。助かるために、時間を少しでも稼ごうと木津に話しかける鮫島と、対照的に何も言葉を発することなく黙々と自分のいた痕跡を消そうする木津。鮫島の焦りが読者に痛いほど感じられる場面であり、どう考えても救出者が来ない限り鮫島が助かる可能性はない。それがわかっているからこそ、読者は木津が鮫島に話しかけ、いたぶり始めた場面ではさらに濃密な時間経過を経験することになるのでしょう。
この木津の場面では、鮫島が弱音を抱くことも読者に不安要素を植え付ける原因かもしれません。
こういった作品の主人公といえば、腕っぷしはもちろんメンタル面でも強く、弱音や不安とは無縁の存在だったりします。ところが鮫島は痛みと恐怖と絶望から涙がこみあげてくるのです。この普通の人間としての感情は、この先の続巻以降で大きなポイントとなりそうです。
スーパーマンではない主人公。ハードボイルド小説において、この設定は読者の共感を得るのではないでしょうか。
また、ラストシーンでは一転して時間が止まってほしいほどの緊迫した場面が繰り広げられます。
小さなライブ会場に突入してから、バンドメンバーが歌う歌詞で時間経過を表現し、それまでの伏線であった木津の改造銃がどのようなものだったのか、さらにその木津が出来損ないと評した警察官の銃での決着、さらに、エドの物語の終焉まで、疾走するかのように話を進ませてみせます。この場面はクライマックスということも併せて、本当に手に汗を握るという表現が当てはまるような見事な展開でした。

このラストシーンは、大きな3つの流れの向かう先を収束地点に向かわせ、全ての伏線を回収し、結果的に読者に満足感を与えるという、かなり大きな作業をこなしています。
ここまでシリーズ1作目で素晴らしい作品を書いてしまえば、その後の続編に大きな期待がかかっても無理ないことだと思います。
私もこの先のシリーズを楽しみに、鮫島がどのように生きていくのか見届けたいです。

そうそう。
この作品で私が期待通りなのか期待を裏切るなのか、今となってはわかりませんが、かっこいいなぁと感じたのは、鮫島の上司の桃井でした。鮫島と桃井の関係が今後どうなるのかも、気になりますね。


サポートを頂けるような記事ではありませんが、もし、仮に、頂けるのであれば、新しい本を購入し、全力で感想文を書くので、よろしければ…