愉快ジン#11

彼女は異端児だ。
そう感じたのはつい最近。
というのも、とにかくルールを超越しているのだ。
何がといえばまずその容姿だ。

僕は作業するときは決まってカフェに行く。
いきつけは駅近くのスタバだ。
ここは来店客が多い割には周りに観光地や散歩道があるため店内に滞在する人が取り分け少ない。そこを逆手に取って店内に居座るのが僕の作戦だ。
そんなスタバの印象は品格を重視した清廉された身だしなみのスタッフが多い。この日ももちろん店内を見回すと黒髪で言葉遣いもお淑やかな方ばかりだ。その中に彼女は彗星のごとく現れた。
まずなんといっても目を引くのは髪色だ。銀髪なのである。茶でも金でもなく銀だ。スタバは品格を重視していると先ほど言ったが、この髪色はこの世界だとありえないのだ。僕の友達はスタバでアルバイトをしていた時、髪を染めて出勤しただけでひどく叱責されたという。挙げ句の果てには朝イチに出勤と掃除を厳命されたというのだから、いかに厳しいかということがわかる。
それにも関わらず銀髪でサイドは刈り上げている。眉毛は太く濃く意思の強さを物語っている。両耳につけたピアスは小さな顔とは対照的に大きなものだ。そして極めつけはとにかく良い声をしている。いつも低く深みのある声で「いらっしゃいませ」と言われる。チームのリーダーのような振る舞いときめ細やかさを見て、まるで戦場に立ち向かうジャンヌダルクを彷彿とさせられる。そんな姿は女性から見ても惚れ惚れとしそうだ。
そして僕はトールサイズのホワイトモカの注文する。530円だ。毎回決まって同じ注文をするのでおそらくスタッフの方々も「いつものね」と言わんばかりの表情で対応してくれる。
そんな中。彼女がレジ対応する機会に出会した。彼女は僕には念を押すようにいつも「お食事いかがですか?」と言ってくる。これだけなら普通だと思うかもしれないが、この日から彼女が対応してくれる時は決まって同じやり取りを繰り返すことになるのである。
この日は思い切って「僕食べてきたんで大丈夫です」と言ってみた。嘘はついていない。クリームパンを食べてきた。
すると彼女は「本当ですか?まだ食べれますよね?」と聞いてきた。
真剣な眼差しと裏腹に口調は少し愛嬌がある。
「ノルマがあるのかな」と一瞬頭をよぎったがこの日は財布事情を優先して丁寧に断った。
しかし2日後。
またレジ番がジャンヌダルクだった。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「トールサイズのアイスホワイトモカで」
「お食事いかがですか?」
来た。ジャンヌダルクタイム。
いや、しかし今日も食事するつもりはない。
「食べてきたんで大丈夫です」
「今日もですか?これおすすめですよ。食べていってくださいよ」
ジャンヌダルクは僕が押しに弱いことを知っているのか。過度に攻めてくる。
しかしこの日も何とか断ることができた。
そしてさらに2日後。
まただ。エントランスを抜けると闘いを待っていたかのようにジャンヌダルクが立っているではないか。
「ああ、あの断る時間、胸が痛むから嫌なんだよな」と思いながら恐る恐るレジに向かう。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
この時で僕はかなり気負いしてしまっていた。彼女の表情は「今日こそ勝つ」と顔に書いてあるかのようでギラギラしている。
僕はいつもの台詞がなかなか出てこない。
この一瞬の間を見逃さなかった彼女は目を半分ほど見開いてこっちを見てきた。まるで威圧するライオンそのものだ。
ここで僕が注文した。
「グランデサイズのアイスホワイトモカで」
あれ、トールからグランデになってない?
なんでグランデって言ったんだ。
あ、威圧されたんだ。彼女は食事しない僕に攻撃を続けた。その結果、僕は情を揺さぶられた。彼女はそんな駆け引きの中、少しでも高いものを注文せざるを得ない状況を作ったのだ。
彼女の「ありがとうございます」を聞いて勝負あったと痛感した。低い声が今日は気持ちハリがあった。
ジャンヌダルクの機転の効いた作戦に敗戦した。
それからは彼女がレジの日は「グランデサイズ」を注文することになってしまった。
だから出費をこれから考えていかないといけない。
そして今日も店に向かった。
すると店内にジャンヌダルクの他、金髪の女性が2人増えていた。いつの間にか軍団を作っていた彼女の統率力に感心した。そして僕は負けた身なのでこの日も「グランデサイズのアイスホワイトモカ」を注文した。
飲み終えて気づいた。カフェインが適量を越えてしまっている。トイレが近くなるのは絶対サイズを大きくしたせいだ。
くそ、憎めないぜ、ジャンヌダルク。

この記事が参加している募集

私のコレクション

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?