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実感のある風景

ぼくは森のそばに住んでいる。
なぜかこの森に惹かれ、足繁く通うようになり、近くに引っ越すまでになった。
雨が降っていなければ、ほぼ毎日森に出かけて歩き回っている。

最近、目に飛び込んでくる草花の印象が変化した。
これまでも散策しながら「いやぁ〜、美しいですなぁ」とか「この色はすごいな!」とか「新緑の緑色やばっ!」などと大騒ぎしながら歩いていたが、最近はちょいと違うのである。

どのように違うかというと、なんというか質量がある感じ、実体がある感じがする。
もちろん、草花の在り方は変わっていない。
変わったのはぼくの方なのだ。

ぼくが変わった要因を考えてみると、ひとつ思い当たることがある。
それは、畑を始めたこと。
土に触れ、草に触れ、作物に触れ、虫に触れる。
この体験が、草木に対して傍観者だった自分を当事者にしてくれたのではないだろうか。
これまでも靴を通して土を踏み、目で草花を味わってきた。
でも、直に手で触れる体験は一味違って、ぼくに新しい視点をもたらしてくれたようだ。
そしてその視点は「みんな生きてる!」という新鮮な驚きと感動をもたらしてくれている。

このことに気づいてハッとした。
これまでぼくは、きっと様々なこと、沢山のことをわかったつもりになって過ごしてきたはずだ。
自分のたったひとつの視点からモノゴトをわかったつもりになって、したり顔で語ったりしてきた過去が浮かんできて恥ずかしい。
他人が大切にしているものを、実感を伴わない言葉で処理してしまう傲慢さが自分にはある。
そういった言葉は他人を傷つける。そして、同じように自分も傷つける。

もっと色んなことに触れたい、沢山のものに触れたい。
身体で感じて、身体で受け止めて、身体で表現する。
肚からの言葉を紡ぎたい。


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