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#4【夢日記】時間が押すよりも時間を持て余す方が大変だ

・とある陶芸家のイベントの進行役を務める
・自分の役割は演者と司会者の仲介みたいな感じ
・陶芸家のぶっきらぼうな物言いで淡々と進んで行く
・Q&Aの質問内容がパンフレットの記載そのままで狼狽
・僕(これ、用意してたこと、全部終わったんじゃ・・・)
・とある陶芸家「へっ?ココに書いてあるじゃねえかw」
・とある陶芸家「え〜っと、○○○、らしいですねぇw」
 ※わざとパンフレットの回答文をそのまんま読む
・僕(これはいよいよマズい)「時間余ってるんですか?」
・司会者「えぇ、その、はい・・・」(申し訳なさそう)
・僕「だったら参加型のQ&A、直で質疑応答やりましょう」
・司会者「そうですね、うん・・・」(申し訳なさそう)

内容

この感覚、確か、現実世界でも体験した記憶あるぞ・・・

嫌な記憶が思い起こされた・・・。

そう。忘れもしない。教育実習の日。実習授業の際、僕はやらかしたことがある。それも研究授業の日だ。

教職をかじっていない人に伝わる言い方になおそう。教育実習では実習授業を行う。先生の代わりに実習生が授業をやるっていうのがこれ。たぶん生徒の立場で経験したことがある人も多いと思われる。

で、研究授業っていうのは、自分が授業を担当するのに加えて、諸先生方が授業の出来具合をチェックするというやつだ。

そう。一言でいって、メッチャやりづらいんだ。特に、衆人環視の状況が苦手な僕は尚更。だから自ら一人になれる環境づくりに励んでいるのだから。

まあ、それはいいとして。

授業を受け持つってなると「さすがにこれだけ用意したら時間が余ることなんて無いだろう」っていうぐらい、教材研究をするもんなのよ。実習生ってやつは。

あ、教材研究っていうのは、その単元の中で、深掘りできそうなテーマないかなとか、豆知識ポイッと出せそうな箇所ないかなとか、まあ、そんな感じ。教科とか人にもよりけりだとは思うけど。僕はそんな感じだった。

ところが、ですよ・・・。

研究授業。普段見に来られない先生方が僕の授業をチェックしていると思うと、やっぱりどっかで、せかせかしちゃうんだろうねえ。想像よりもかなり早いペースで、授業内容が進んでいっちゃうわけだ。

で、あれもやった、これもやった、とかやっていってると、「あれ?もう無い」みたいな。気付いたらブルペン陣のピッチャー全員使っちゃいましたみたいな。この前ヤクルトがそんなことあったけど。阪神と延長12回戦い抜いてさ。

ごめん、野球の話は要らないよね。流す。

もうこうなるとね、人間、頭が真っ白になるね。「万策尽きた・・・」って、こういう時に使う言葉なんだろうね。もちろん、言葉に出して言わなかったけど。いや、言った方がむしろ良かったかもしれないね。いいやダメか。そんな教育実習生。ふざけが過ぎるか・・・。

とにもかくにも、小心者の僕にはそんな芸当も出来ず。苦し紛れにその日やった授業の振り返りみたいなまとめトークで場を繋いだが、残り1分弱かなあ、もしかしたら30秒も無かったかもしれないけど、持て余したんだよなあ・・・。

あの空間、時間にしたら大したことないはずだけど、延々にも思えたよねえ。今振り返れば貴重な体験が出来たなって思える節もあるけど。やっぱしんどかったなあ。しばらく。教員の道を離れるまでは常に残り続けていたよね。いや、今もどっかで、教訓として、残っている気もするけどさ。

現実世界の僕は、十中八九、こういう時に機転は利かない

多分だけど、これ、夢の世界では、「こうありたい僕」を、描いているよね。現実世界だと、助け舟を出す側じゃなくて、助け舟を出される側だと思いますよ。今回だと司会者の立場。

うん、絶対そうだな。絶対って言い切れる。この、なんだ、パンフレットに書かれているやつをそのまんま読んじゃう辺りが、何とも僕らしいじゃないか。

これも同じように、用意された工程が終わっても時間を持て余して、頭が真っ白になって、とりあえず目に入った文章を読んだって感じなのだろう。分かる。分かるよその気持ち。痛いほどに。

とは言え・・・、「とある陶芸家」なる人物が、もうちょっとねえ、気を利かせてくれても良いような気もするんだけどねえ・・・。

イベントが催されるぐらいの人気陶芸家ともなると、腕前だけではなく、こだわりも超一流なのかしら。彼なりの叱咤激励なのかもしれない。「この俺をテンプレートの質問で済ませようたぁ良い度胸だな?」的なね。

進行役の大変さを知れば人に優しくなれそうじゃない?

やっぱね、こういうイベントの進行役って、大変だと思うんですよ。それは何も、目立つ司会者だけじゃなくてね。裏方のスタッフ全員ですよ。

だって何が起きるか分かんないわけじゃないですか。刻一刻と状況が変化するわけだから。ソコに柔軟に対処して行きながらも、イベントは無事終えないといけない。これは難しいことですよ。よくよく考えてみたら。

お客さんとして来場しているだけだと、そんな感覚、ほとんど感じないじゃないですか。用意された工程が無事に進んでいくことが当たり前みたいな。

だからね、この夢はね、そこら辺の大切さを教えたくれた気がするんですよ。当たり前じゃないことを当たり前と思うなっていう。戒めですよ。僕はそう受け取ったね。

この気持ちを忘れぬよう、何かしらのイベントに参戦した時は、無事に終えられたら「僕らの見えないところで尽力して下さった全てのスタッフに感謝です」と、心の中で唱えることにします。

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