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蝉の声

明日から夏休み。私は夏休みが嫌い。
新しいクラスになって仲良くなった時間が遡る気がするから。
夏休み後の独特の空気感が苦手。夏休みに友達と遊べばいいって話ではない。
母親の実家が遠方にあるから、夏休みはこっちにいない。
「明日何する??」「カラオケ行こ!!」
そういう言葉たちが教室の宙を舞う。私の前には現れずに。

あの夏休み後の空気感は何かに似ている。
なんだろう。そう思いながら、制服のスカートを握りしめる。
パカパカと脱げたり履いたりを繰り替えすローファー。

あぁ、好きな人を忘れるときと似てるんだ。だから、嫌いなんだ。
なんで、一度好きになった人を忘れないといけないんだろう。

時計だって、何度も何度も同じ回り方をするし、季節だって何度過ぎても春の次には夏が来て、秋が来て、冬が来る。そうやって、同じことを繰り返す。無になる瞬間なんてないのに。
忘れようとする。この行為に意味があるのかな。
私はなにを考えているんだろう。
みんなが夏休みで盛り上がっている教室を後にした。

忘れたいことは勝手に忘れるんだから、無理に忘れようとしなくていいんじゃないか。
人間の進化に反している。強い思いを心の中で叫ぶ。
一種の防衛本能なのかな。好きな人を覚え続けていると傷ついてしまうなんて、ガラスよりも脆い。そうやって、傷ついて傷つけて生きてるんだ。
「ジジジジ」
蝉の声が聞こえる。短い人生と分かっていてもその声を振り絞って。

私はなにを考えているんだろう。こんなに蝉だって鳴いているのに。烏だって、雀だって。
そっか、無邪気に言葉を遊ばせればいいのか。
「ずっと好きだよう!!」
脱げたローファーをそのままにして、外に出るはずのなかった音を外に出した。
蝉の生よりも短い音を。

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