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お父さん。俺、男の人も好きになるんだよ。

人生で一番、愛した人がいた。

17歳年上。片想いだった。
中学の時の先生だった彼は、温厚な表情と、笑うとクシャッとなる目尻が印象的だった。彼は結婚していて、子供もいたけれど、そんなことで諦められる恋ならきっと、想い出にすらならなかったんだと思う。


小さい頃から「男らしく生きなさい」と言われて育ってきた。
小学校のランドセルの色がどうしても「赤がいい」と泣きじゃくった時は「男なんだから」と叱られて、2日間家に入らせてくれなかった。
赤のほうがカッコいいじゃんか。

男だとか女だとか、性別で分けられることがどうにも納得できなかったけれど「普通はこうだから」と自分に言い聞かせた。女の子は弱いから「守る」のが普通。恋愛の対象は「異性」が普通。男の子は「黒」を選ぶのが普通。いわゆる「男らしさ」は画面越しの戦隊ヒーローから学んだ。


卒業式の時、「先生はどんな人がタイプなんですか」と聞いた。
「どれだけ僕が、こんな人がタイプなんだと言っても一向に変わろうとしない人かな」と先生は笑っていた、「だからあなたの好きなように生きなさい」と。少なくとも、彼に好かれるような人であろうとしていた僕はその日、そうなることを辞めた。

そんな彼と、同窓会で6年ぶりに再会した。

辞めていたタバコを咥え、スーツを着こなす彼に心が踊った。視界に移るたびにドキドキし、彼の声を聞くだけで涙が出そうだった。彼のことが好きなのだとようやく理解した。初恋は思った以上に苦い。


彼が人生を懸けて愛した奥さんは、どんな人だったのだろう。

彼は、その4年後のちょうどこんな感じの暑い日に死んだらしい。同窓会で6年ぶりに再会して、初めて認識した「この人が好き」だという感覚も、彼を狂おしいほど愛していたそれからの2年間も、「あなたの人生を生きてほしい」と断られた後の2年間も、たしかに僕の頭の片隅には彼がいた。

同窓会の別れ際、いつかデートしてくださいね、と先生に言った。
彼は天国で今頃、1人で小説でも書きながらホープを吸っているんだろう。


お父さん。俺、男の人も好きになるんだよ。

お父さんとは血が繋がっていない。生まれた頃には「知らない子」として告げられ、委託児のような扱いを受けて育ってきた。そういえば名前を呼ばれたことは一度もない。
もう今更、何も思わない。好きでもないし、嫌いでもない。
あの人の一言で感情が動くことはもうない。

ただ、底知れない寂しさの埋め方も知らないまま歳を重ねてきた。
初めてベッドを揺らした夜の高揚も、好きな人とのキスも、誰かと手を繋ぐことの心地良さも、今更何も感じないほど心の傷だけが増えた。
「好きだよ」と僕の横で呟く誰かの言葉の温かさだけは、本物の愛情だと信じて、握りしめた。

ただ、そのどれもが永遠に続くことはなくて、気付けば誰もいなくなった。


たくさん泣いた。
涙の数だけ「強くなる」なんてことはなく、涙の数だけ強くなる寂しさを埋めるために誰かと遊ぶ回数が増え、買ったばかりのIKEAのベッドはすぐに軋むようになった。

寂しさを埋めるために音楽を聴き、酒に溺れ、遊んだ。
今考えれば、どれも薄っぺらい愛情ばかりだったように思う。

もうこれで終わりにしよう。と思った数だけやめられない夜が続き、
もう恋なんてしない。と誓った分だけ誰かに恋をした。


そんな僕にとって、先生と会う時だけは確かに満たされてた。
あの感情は好き以外の何でもなかったように思う。


あのね、お父さん、俺、男の人を好きになったんだ。

彼は、背が高くて、切長で、笑うと目がクシャッとなる。
考え事をするときは決まって斜め上を向く。ホープが好きな人。

お父さんに、そっくりな人。


彼が亡くなった日の夜はシャワーを浴びながら嗚咽がするまで泣いた。
辞めてたタバコを始めた理由がふと聞きたくなった。

きっと、やっと、初恋が終わった。


この記事は、僕の大切な友人の実話を基にしています。配慮ある行動にて、終わりと始まりを、一緒に見守っていただけると幸いです。


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