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【短編小説】人魚姫

「お願いします。わたし、人間になりたいんです」

「何度言ったら分かるんだい」

遠い遠い海の底。人知れぬ人魚の城に、それはそれは美しい人魚姫がおりました。

「だめだと言ったろう」

「でも、私はもう一七になるのよ」

人魚たちは、十五歳になると海から出て、人間の世界へ行くことができるようになります。けれども、六人姉妹の末娘は、なぜか人間の世界へ行かせて貰えませんでした。

「五人の姉さんは、みんな陸へ上がって帰ってこなかったわ」

人魚姫は、魔女へそう言います。

「きっと、すごく楽しいのよ。だから帰ってこないんだわ。 
 それなのに、わたしだけ行かせない、なんて」

「・・・・・・だめなものはだめだ。わかったらさっさとお帰り」

魔女は、一生懸命説得する人魚姫など気にも留めず、大きな樽で怪しい薬を作っているばかりでした。

その日の夜。

どうしても人間になりたい人魚姫は、魔女の薬を盗むことにしました。

「戸棚の・・・・・・奥かなぁ」

戸棚を覗き込むと、薬の瓶がたくさん。人魚姫は扉を開けて、足の生える薬を探しました。人間になれる薬を飲めば、美しい声の代わりに、人間になることができるのです。

けれども、足の生える薬は見つかりません。

「これは忘れ薬、あっ、これヒビが入ってるわ。甘い匂いなのね。 これは、何かしら。これも違う。これも。」

戸棚にはたくさんの薬がありました。でも、人魚姫はあきらめません。一つ一つ瓶を確認していきます。

「あ、あったわ!」

それは、戸棚の一番奥の方に置いてありました。薬を見つけて、人魚姫はとても喜びました。
人魚姫は、人間になれる薬を持って、夜の海を泳ぎました。海の底で薬を飲んだら溺れてしまいます。人魚姫は、海岸まで泳がなくてはいけませんでした。

 ところが。

「待て!」

なんと、魔女が追いかけてきます。薬を盗んだのが、バレてしまったのです。人魚姫は、慌てて逃げてゆきます。人魚は泳ぐのがとても得意なので、魔女は追いつけないのです。
魔女は、呪文を唱えて魚たちの群れを呼びました。魚たちは、すぐに人魚姫に追いつくと、みんなで体当たりをし始めました。

「ちょっ、やめ、止めてよ!」

人魚姫は叫びます。

「私は・・・・・・、私は人間になりたいの!」

魚たちは体当たりを止めません。けれども、人魚姫は諦めませんでした。
一生懸命泳いで、海岸へ辿りついたのです。
 
海岸についた人魚姫は、初めて海から出ました。
けれども、そこには何もありません。

「ぐっ、うっ・・・・・・」

あたりには煙が立ち込めていて、目がくらみ、喉が灼けるように痛みました。

「なに・・・・・・これ・・・・・・」

目を凝らすと、崩れた建物がたくさん見えます。

「なに、なによこれ、いったい――」

人魚姫は、呆然として立ち尽くしたままでした。力の抜けた手から、瓶がするりと落ちます。

「姉さんたちは? どこ、どこに――ぁ」

どこからともなく甘い匂いがして、人魚姫は急に眠たくなりました。波が頬に打ち付けるたび、意識が遠くなっていくようでした。
 
人魚姫は、この匂いを知っていました。
 
「――可哀そうに。もう二十七回目よ」

目を閉じきってしまう前に、魔女の声が聞こえました。




あとがき 「それでも世界は美しい」


科学技術の進歩の末に起こる未来を想定した世界観。
人の生きる世界は非常に不安定。流動的な自然に逆らって、非動的な社会を構築しているから。生態系から逸脱した生命が、長く続く道理は無い。やがて必ず、人は滅ぶ。


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