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"The Honda Effect" が示唆するもの

先日、大学院のクラスで本田技研工業の方と会話をしていた際、1990年代に議論を呼んだリチャード=パスカル博士の「The Honda Effect」という論文が話題にあがりました。

この論文は、昨今のDX議論にも非常に示唆のある内容だと思いますので、ご紹介したいと思います。

1. The Honda Effect とは?

「The Honda Effect」は1996年 米国のCalifornia Management Reviewで発表された「米国市場におけるHondaの小型バイクの成功要因」について分析した論文です。

これが書かれるきっかけは、遡ること1975年に発表されたボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の「Strategy Alternatives for the British Motorcycle Industry」というレポートにあります。当時、米国の自動二輪市場で大きくシェアを失っていたイギリス企業の現状に対して、BCGは「いかにHondaという日本企業が高い戦略性を持って小型バイク市場のシェアを伸ばしていったか」を詳細に紐解いていきました。

このレポートは瞬く間に米国内に広まり、UCLAやバージニア大学といった有名ビジネススクール内でもケース・スタディとして用いられるようになります。まさに「意図的な戦略立案の重要性」を誰もが認識し、経営コンサルタントは必須の企業パートナーとなった瞬間といえるでしょう。

冷静に振り返れば、このBCGレポートが「戦略」を売り物とするコンサルティング・ファームのポジショントークの一つだったとも思えますが、当時破竹の勢いで成長していく日本企業を前に、その原動力を知りたい欧米経営者のニーズにうまくハマったということは想像に難くありません(実際、「セオリーZ」「ジャパンアズナンバーワン」といった日本企業の強さの秘密に迫る本が話題になったのも1980年前後です)。

しかし、そのレポートが発行されてから7年後の1982年。その中身に疑問を抱いたリチャード=パスカル博士は、当時の本田技研工業で米国市場への進出の責任者であった6人の経営陣へのインタビューを通じて、BCGのレポートとは全く異なるHonda成功の要因を導き出したのです。

それは、BCGが描いた「戦略の秀逸さ」ではなく、あくまで「現場の試行錯誤の結果」というものでした。現実には、事前に立てた目論見などは何一つ実現することはなく、トライ&エラーの末に小型バイク市場のニーズを見つけ出した、というのが真実だったのです。

2. ミンツバーグ・バーニーが唱える創発戦略

経営学者ミンツバーグは論文「Crafting Strategy」の中でこの事例に触れ、「第一線で学習した」ことが成功の要因だったと述べています。彼によれば、戦略とは市場に学び「創発的」 or 「偶然」に作られていくものであり、事前に意図的に全てが計画されるものではないのです。

「え?つまりは事前に戦略なんて考えてもほとんど意味ないから、トライ&エラーを繰り返しながら"うまくやれ"ってこと?失敗したくないから学びにきたのに!」

こんな声がビジネススクールの学生さんたちから聞こえてきそうですね(この点、過去にポーターVSバーニー論争という形で似たテーマの議論がされており一定の結論が出ていますので、興味がある方は調べてみてください)。

ではどう考えるのが正解なのでしょうか?

この場合、理論の整合性に関する議論は研究者に任せ、実務家の視点から「この事実をどう解釈すると明日から使えそうか」を考えてみることをオススメします。

3. 未来はどこまで予測できるか

そもそもマーケティングにしても経営にしても、戦略がワークするという考えは、1つの前提の元に立っています。それは「未来はある程度予測できる」という前提です。

外部環境の分析で業界の構造把握とおおよその未来が予測できるのであれば、それを前提に有利なポジションが取れるように動くのが合理的です。戦略立案に時間をかけ、いくつかのシナリオを持ち、状況変化に合わせながら意思決定をしていけば、少なくともそれを持たない競合よりは効率的にアクションが取れるはずです。

一方、短期的にみても未来が予測できない不確実な環境だと現状を判断するのであれば、それを前提に左にも右にも動けるような柔軟な組織づくりと、変化に合わせて自らを変える、ミンツバーグ、バーナーがいうところの「創発的戦略」が重要になります。これを行うためには経営者のリーダーシップ、フロントラインとの密なコミュニケーション、失敗を許容する組織文化等、戦略やマーケティングとは別の組織能力が求められてくるでしょう。

VUCAと呼ばれる今の時代は、もしかしたら業界問わず後者に近い環境にあたるのかもしれません。

また、それだからこそ、変えてはいけない部分、つまり、時代の変化に左右されない骨太のビジョンがより求められる時代だとも言えるのでしょう。

本日は昔の論文を取り上げましたが、現在のDX議論にも通ずる多くの示唆があると個人的には感じました。未来は過去の中にある、というのは言い過ぎですかね。ここはまた改めて掘り下げていければと思います。

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