第45話 盗まれたバイク


お店にはみつおはバイクで通っていた。
しかし、飲みに行ったときは、朝まで飲んでバスで帰るので、次の日もバスで出勤するしかなかった。

だが、昼のバイトをする時は飲むわけにはいかないので、普通にバイクで通っていたのだが…

あれはゴールデンウィーク前の忙しい日だった。
夜の店が終わって急いで家に帰り、3時間ほど寝て天ぷら専門店へと向かった。
いつものように店の横から入った駐車場にバイクを止めて店に入り着替えてタイムカードを押した。

みつおの担当は主に野菜の仕込みだった。
玉ねぎを剥いて千切りにして炒めるのだが、量が半端じゃないので、大きな中華鍋を両手で持ってフライ返しをし、何とか炒めていた。

これは天丼で使う材料である。

そこの天ぷらは沖縄天ぷらではなく、日本天ぷらだった。
沖縄天ぷらは通常の天ぷらと違って、柔らかい衣の天ぷらなのであるが、そこは普通のパリパリした天ぷらを揚げて、玉ねぎと一緒に炒めて卵とじにする天丼であった。

一番多く注文が入るのが天丼ないので朝から仕込むのだが、こんなに大量に使うのか不思議だったが、ランチタイムが終わる頃にはほとんど残っていなかった。
商売繁盛のお店だった。

バイトが終わり急いで帰ってまた寝るのだが、

「あれ?」

バイクが無い!
一瞬意味がわからなかった。
今日はバスで来たのだろうか?
記憶を辿ってみてもやっぱり、間違いなくここに止めてバイトに入ったのは確信できた。

「えっ?どういうこと?」

頭がパニックになったが、ようやく現実に戻って我に返った。

「盗まれた…」

マジか? 

こんな真っ昼間からか?
あの大きなバイクをどうやって盗んだんた?
まだ信じられなかった。
沖縄では、スクーターの窃盗は日常茶飯事なので、珍しくはない。下手すると中学生がスクーターを盗んで乗り回して遊んでいるのである。

みつおの中学時代にもそんな悪い友達がいて、原チャリは簡単に直結してエンジンをかける事ができると自慢していた奴がいたのは事実である。

だから、原付スクーターならば厳重にU字ロックや鎖の鍵をタイヤにかけて、盗難予防をするのだが、まさか250ccの大きなバイクが盗まれるとは思っていなかったので、ハンドルのカギだけをかけて安心していたのである。

しかし、事実バイクがない、イコール盗まれた?

みつおは我に返り警察へと向かった。

「ここに停めていたんですけど、バイトが終わって帰ろうとしたら無くなっていたんです」

「鍵はかけてた?」

「はい、鍵はかけて抜いていましたよ」

「鎖かU字ロックは?」

「それはしていないです」

「あぁ、沖縄はバイクの盗難が多いからちゃんとかけないダメだよ」

「えっ?あんな大きいバイクも盗まれるんですか?」

「泥棒は大きさではなく、鍵が簡単かどうかで盗むバイクを決めるからねぇ」

「もし見つかった場合の連絡先を教えてください」

警察官は淡々と話して必要な質問や場所の確認を取るとあっさりと帰っていった。
職務が忙しいため、同情している暇はないのである。

とりあえず、出勤のことを考えなければならなかった。
バスで移動していたんじゃ時間がかかりすぎる。

みつおはその日から夜のお店に寝ることにした。
閉店後は最後までみつおが片付けて、次の日は誰よりも早くくるのだから、問題ないだろうと思ったのである。
 
店から国際通りまでは歩いて行ける範囲である。店で寝て7時に起きて歩いて行けば間に合うので、かえってその方が寝る時間が増えたのだった。

バイトが終わるとバスで家に帰り、また一眠りして風呂に入って夜の店に出勤するというルーティンが出来上がったのだった。

おかげで、お店で寝るという技を身につけてしまったのだった。

「さとしか、お金が無いからさうちで飲まないか?」

店を閉めたあと、友達のさとしを呼んでシャッターを閉め、自分の店で貸切でカラオケをうたいまくったり、一人でカラオケを練習したりして楽しんでいたのだった。

バイクが盗まれてから一週間後、警察から連絡があった。

「あのね、バイクが見つかったんだけど、泊まりの交番まで取りにこれる?」

「そうなんですか、ありがとうございます。ところでバイクは動くんですか?」

「動くと思うよ、エンジンはかかるから、ただちょっと改造されていて…」

改造?
意味が分からないのでとりあえず指定された交番まで取りに行くことにした。

「えーー?改造って、マフラー切られているじゃないですか?」

「多分ね暴走族が盗んで子供の日暴走で使って捨てたと思うよ」

「子供の日暴走?」

「そうそう、ゴールデンウィークには毎年走るんだよ奴らは、こっちも必死で取り締まるんどけど、イタチごっこだよ」

暴走族がマフラーを切って爆音で走り回ったのだろう。

「何で乗り捨てたんですか?」

「ハンドルキーは壊せても、ガソリンの鍵は開けられないんだよ、給油はできないから一回暴走で使ったら捨てるんだよ」

当時は沖縄にはまだ暴走族が残っていて、子供の日暴走やら正月暴走やらで走り回っていたのである。

動くかどうかエンジンをかけてみるとエンジンはかかるのだが…

「これ、こんなにうるさい音で走っていたら捕まるんじゃないですか?」

「事情を話して、ここの交番から持って帰る途中だと言えば大丈夫だよ」

マフラーを切っているのでかなりうるさい音が響き渡った。
大丈夫とはいえ、交差点で止まるたびに周りの車から白い目で見られているようで恥ずかしかった。

そのままバイク屋に持っていくと

「これ、修理は部品代を入れて20万円になりますよ」

「えっ?そんなに高いんですか?どうしようそんのにお金ないですよ」

20万円って、新しい原付スクーターが買えるじゃないか、そう思ったみつおは

「すみません、このバイク修理したら売れるんじゃないんですか、このバイクと中古のスクーターを交換してもらえないでしょうか?」

この際、こんな大きなバイクよりもスクーターの方が楽でいいと思ったのである。

「これでよければいいよ」

持ってきたのは古いスクーターだったが、背に腹はかえられない、もう大きなバイクでツーリングとかしたいとは思わなかったので、思い切って交換することにしたのだった。

通勤だけで使うならスクーターの方が小回りもきいて便利だとだった。
お店のちょっとした買い物もスクーターなら自転車代わりに使う事ができたので、それで満足していたのだが…

「えーーーー?」

店の片付けを終わらせて帰ろうとしたら、みつおがスクーターを停めていた場所に車が突っ込んでいたのだった。
運転していた男性はオロオロしていた。

「これおたくの車?」

「はい、あっ、このバイクの主ですか?」

「そうですけど…」

みつおのバイクは、車と電柱に挟まれ無惨な姿になっていた。
  
「すみません、今警察を呼んでいるのでちょっと待ってもらっていいですか?」

「はい、しゎうがないですね、所で任意保険は入っていますか?」

「すみません、入っていないんですよ」

保険に入っていなければ、お金は保険で降りないのでその若い男性が直接払うしかない。
保険に入っていたら新車を請求しようと思ったが無理だと分かったので妥協するしかないと覚悟を決めたのだって。

警察の取り調べが終わり、後は示談で話をつけるように言われたのだった。

「バイクがないと出勤できないので困るんですよ、保険が降りるならいっぱい請求しようと思ったんですが、保険入ってないんですよね、まこのバイクも中古ですけど、中古でいいからバイクを買って欲しいんですが」

その若者は申し訳なさそうに

「すみません、僕もあまりお金が無くて5万円で何とかなりませんか?」

5万円は妥当な金額なので、それで話をつけたのだった。
次の日、店の前でお金を受け取った。

みつおはすぐにバイク屋に行き、中古のスクーターを探して購入したのだった。


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