第60話 それぞれの旅立ち


ワクガワが連れて来たのは同じ高校のクラスメイトだった。

仕事を転々として今は料理人をやっていたらしいのだが、ワクガワに説得されてこのそば屋の調理人として働くことになったのだった。

「美味い!いいんじゃない?こんなに美味かったらすぐに人気店になるよ」

それはお世辞抜きで本当に美味しかった。
沖縄では、蕎麦粉を使わない沖縄そばが主流で、沖縄の人は美味しいそば屋を見つけると車で2時間かけてでも食べに行くくらいそば好きの人が多かった。

ラーメン屋も美味しい所には遠くても行くのだが、そんなにラーメンばかりを食べたら飽きてしまうものである。

しかし、沖縄そばは飽きることがなかった。
そば好きな人なら週に3回食べるのが普通である。

だけら、いかに美味しいそばを作るかで勝負は決まるのである。
美味しいという口コミはあっという間に広がるので、味次第で直ぐに繁盛店になれるのだった。

年明け早々、いい一年になりそうだった。
ところが‥

「おい、お前の会社はどうなってるんだ?」

ある現場に顔を出しに行った時のことである。

「えっ?何がですか?」

「何がじゃねーよ、前回の工事分の代金がまだ入っていないんだけと、月末じゃなかったのか?」

「えっ?マジッすか?」

「マジっすかじゃねーよ、明日までに入らなかったら、この現場もストップするからな」

その下請け会社の責任者はかなり怒っていた。

「すみません、すぐに確認しますのでちょっと待ってください」

みつおは焦ってしまった。
こんなことは初めてである。
すぐに電話したが、電源が切れているメッセージだった。

とりあえず事務所に向かった。
ドアを開けると、パソコンと睨めっこしている社長がいた。

「社長、どうなってるんですか?」

会社では社長と呼ぶようにしていた。

「何が?」

「何がじゃなくて、現場ですごく怒られましたよ、支払いがないって」

「あー、そのこと、ま、ちょっと事情があってな、すぐに支払いするから心配しなくていいよ」

「それなら良かった、何かあったのかなって思ったよ」

きっと振り込みを忘れたのだろうと思っていた。
しかし、次の日

「金城さん、先月の支払いがまだなんだけど大丈夫よね?」

別の現場でも言われてしまった。
そして、後輩から電話がかかってきた。

「金城さん、どうなってるの?下請け業者に支払いしていないの?みんな怒ってるよ」

「えっ?そっちも?マジか?」

「マジかじゃないですよ、金城さんも共同経営者なんだから分かってることでしょ」

そうだ、共同経営者だから罪も共同なんだ!
初めてみつおは事の重大さを認識した。
すぐに後輩と会って話す事にした。

「ごめん、マジで知らないんだよ、俺は営業に力を入れて経営の事はワクガワに任せていたから、まさか業者に払ってないって知らなかった」

「金城さん、そんな言い訳通りませんよ、どうするんですか?もうみんな仕事しないって言ってますよ」

「困ったなぁ、せめて今の現場だけでも終わらせてくれないとお金が入ってこないよ」

「何とかしてくださいよ、共同経営者なんでしょ?」

「分かった、話してくるよ」

今日こそは問い詰めようと思っていた。
電話をしても電源を切っているのは、業者からの催促の電話に出たくないからだと思った。

事務所に車を走らせた。
事務所にはカギがかかっていた。

「あれ?いないのかな?」

後ろに周り勝手口のドアの鍵を開けて中に入ると

「うゎっ、びっくりした。鍵を閉めて何やってるんですか?」

何と薄暗い中で事務処理をしていたのである。

「取り立てがうるさいから閉じこもってる」

開き直っていた。

「取り立てって、やっぱり支払いしていないんですか?」

「実は…」

ようやく話す気になったらしく、神妙に話し始めた。

頭を抱えながら話しはじめた。

「そば屋を改築する時にお金が足りなくて支払いの分からまわしたんだよ、その後従業員の給料も足りなくてまわしていたら、足りなくなってしまって困ってるんだよ」

そば屋…

そう言えば改装するときに妥協しないでいい材料を選んでいたし、すぐに人気店になって売り上げが伸びるわけではないので、給料のことも考えないといけないのである。

原因がそば屋と知って愕然としたのだった。
直訴尚早だったのかもしれない。

「で、どうなるの?」

「今なんとか乗り越えようと思ってあの手この手で回しているんだけど、ヤバいな」

それ以上は話をしても無駄だった。
拉致があかない状態である。
その後、後輩に電話をして状況を話したのだった。

「金城さん、どうするんですか?」

後輩は、それでもみつおに何とかしてほしいと思っていた。

「だっからよね、どうしようか?」

しばらく沈黙が続いた後

「金城さん、悪いけど俺は会社と心中する気はないから、今の現場が終わったら抜けるよ」

「それはしょうがないよな」

みつおは言葉がなかった。

次の日…

「みっちゃん、オカモト、ごめん、会社がこうなってしまったから、今までみたいには上手くいかない、だから2人とも抜けていいよ、後は俺が地道に返済していくから」

2人が呼ばれたのは、その話だった。
ちなみに、チネンとミヤグスクさんは年明け早々に独立していたので、メンバーはみつおと後輩だけだった。
3人で盛り上げようと新年会で誓ったばっかりだったが、3月にはこんな流れになっていたのである。

その後、2人で居酒屋に言って話をした。

「俺は言われなくても抜けるつもりだったけど、金さんどうするんですか?」

「うん、俺も抜けようと思う。投資とかもしたけど何か冷めたよ、冷たいかもしれないけどワクガワもそう言ってくれたのは俺が抜けやすくするためだと思うから」

「その方がいいですよ、共倒れになるよりは生き延びた方が後々は協力もできるんじゃないですか?」

後輩にそう言われて決心したのだった。

「とりあえず、今の現場は何とか終わらそう、集金したら真っ先に払うからって言って工事を再開してもらおう」

次の日、2人はそれぞれの責任者の家へ出向いて、お願いをして回ったのだった。

集金をしたら、下請け業者に支払う分と自分のマージンを差し引いて会社に入れる事にしたのである。

それで、業者は何とか引き受けてくれたので無事に工事を終わらすことができたのだった。

「金城さんどうするんですが、俺は兄貴の会社に入ることにしたよ」

その後輩の兄貴はアルミサッシの会社で働いていたので、そこに就職することにしたらしい。

「俺はとりあえずアルバイトしながら、自分でリフォームの会社やろうと思う」

「そうなんですか、ファイターですね。俺はもうリフォームの仕事は懲りましたよ」

そう言って笑ってくれたのだが、みつおは自信なかった。

そんな事よりも、目先のお金に辿り着く事が大事だった。
もらったマージンが残っているうちにバイトを探さなきゃ
そう思って通り過ぎようとした、以前バイトしていた店の前で車を止めて眺めていると

「あれ?みっちゃんじゃないの?」

それは居酒屋の店長だった。

「あい、店長元気ね?」

久々にあって嬉しかった。

「何で?どうしたの居酒屋を眺めて、飲みに来たんじゃないの?」

「いや、実は…」

みつおは事情を話して、バイトを探してると言うと

「あい、ちょうど良かった、今さ、居酒屋じゃなくて上のカラオケハウスで人を探しているわけさ、みっちゃんなら慣れてるからすぐに働けると思うんだけど働かない?」

それは凄い偶然で、すぐに採用が決まったのだった。

「いつから来れる?」

「明日から大丈夫ですよ」

「オッケー、オーナーに話しておくね」

やったことは無いけど、カラオケハウスでバイトする事が決まったのだった。

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