第26話 成り上がり


「おぉ、これが有名な渋谷のハチ公か」

みつおは基地から近い池袋駅の周辺でしか遊んでいなかったので、渋谷で待ち合わせと言われて緊張していた。

「金ちゃん、渋谷のハチ公の所で待ち合わせね、人が多いからハチ公のシッポを掴んで待っててね」

「えっ?ハチ公のシッポ?」

「そう、ハチ公前といっても、人が多いから探すのが大変なんだよ、だからハチ公のシッポを掴んでいたら間違いないから」

確かに渋谷のハチ公前には人が多かった。

まるで満員電車である。

ハチ公前は殆どの人が待ち合わせに使うので、集中したのである。
 
当時は携帯電話もない時代なので、一度待ち合わせ場所を決めたら、会えるまでそこを動くわけにはいかなかった。

万が一待ち合わせに遅れると、もう帰ったのか、まだ来ていないのか分からないので、しばらく待ちぼうけをするしかない。

みつおは、こんな都会で逸れると怖いので予定より30分も前に来て待っていた。

いよいよ待ち合わせの時間が近づくと、言われた通り、ハチ公の銅像の後ろへと回り、手を伸ばしてシッポを掴んでいた。
 
いつ来るか分からないので、早く見つけてもらおうと思っていたのだ。

「金ちゃん久しぶり、元気?」

そこに現れたのはスーツをビシッと決め込んだ同期の友達だった。

「よぉ、奥田さん決めてるな、どんなビジネスしてるの?」

「まぁここじゃ何だからどこか行きながら話すよ」

ますます気になるのだった。

「他の奴らとも連絡とってるの?」

「いや、別に連絡とったことないな、たまたま東京に出てきたから連絡しただけだよ」

「大型免許取りに来たんでしょ、自衛隊やめて運ちゃんにでもなるの?」

「逆だよ、もう一生自衛隊でいいかなと断念したから、ずっと自衛隊に勤務することを約束して取らせてもらってるんだよ」

渋谷は初めてだったので、その友達が知ってる店を案内してもらって食事をすることにした。

「で、何やってるの?」

「気になる?」

「そりゃ気になるよ、俺も色々と新しい商売しようとしたんだけど、みんなに止められて断念したんだよ」

みつおはこれまでの事を話した。

「そうなんだ、じゃ金ちゃんに向いてるかもしれないな、俺と一緒にやらないか?」

「えっ?何?俺にもできること?」

「うん、絶対できるよ、一緒にやろうよ」

「で、何の商売なの?」

「今日ね、ちょうど説明会があるんだよ、凄い情報だから、俺が話すよりちゃんとした説明会を聞いて判断した方がいいよ」

「えっ?マジで?行く行く」

みつおはどんな商売なのかとても気になっていたが、とりあえず友達のいうようにその説明会を自分の耳で聞いて確かめることにした。

道玄坂を登って行った左の方にその会場はあった。

そこに行くと、何と沢山の人が並んでいた。

「えっ?並んでるの?」

沖縄では並ぶ習慣がないので、説明会で並ぶとは思っていなかった。

「凄いな、みんなスーツだよ、大丈夫か俺」

「大丈夫、大丈夫、気にすんなよ」

その説明会は、小さな会議室にイスが並べられていて、30人くらいの人が集まっていた。

「はい、皆さんこんにちは
今日は暑い中をよく起こしくださいました」

司会の人が挨拶をして、説明をしてくれる人を紹介した。

その人は自分の経験談を交えながら、そのビジネスと出会ってどう人生が変わったのかを話してくれた。

そして、いよいよそのビジネスの話が始まった。

およそ1時間でその説明会は終了した。

「凄いでしょ、今これをやってるんだよ、金ちゃんラッキーだよこの情報が聞けて、今こそチャンスだよ、自分で考えた商売もいいけど、もう軌道に乗ってるビジネスで一儲けしてから自分のやりたい商売をしたらいいんじゃない?」

「そうだな、どうやって始めたらいいの?」

みつおは興奮していた。

そして、矢沢永吉の「成り上がり」という本を思い出した。 

別に矢沢永吉のファンではなかったが、学生隊の時に、熱烈な矢沢永吉ファンがいて、

「金城、永ちゃんの成り上がりっていう本はとってもいいから絶対読めよ、感動するぜ」

と推していたのを思い出して、本屋で見つけて夜勤の時に読んで感動したのだった。

「俺も成り上がりてぇ」

そう思って、自衛隊を辞めて自分で考えたビジネスで成り上がろうと思っていたのだが、みんなに止められて断念したのだった。

しかし、そのビジネスの説明会を聞いて、またその願望が蘇ってきたのだった。

「今度こそ自衛隊を辞めて、このビジネスにかけよう」

そう決心したのだった。


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