第51話 真夜中の訪問者


「いらっしゃいませ〜」

「生いっちょう」

「焼き鳥5本とほうれん草バターお願いします」

「予約の席は奥の方になりまーす」

そこはみつおの家の近くの居酒屋である。
ひょんなことから、居酒屋でバイトをするようになったのだった。

みつおは夜の世界から抜け出すために、あえて昼間の仕事に転向したのだが、結局は飲みに行く機会が増え、今まで以上に飲み歩いている日々が続いていたため、お金が回らなくなっていた。
 
今までは実家で暮らしていたのだが、今は自分で家賃を払わなければならない。
今までかからなかった家賃と光熱費の出費が痛かった。

昼間の仕事だと終わってから時間が長いためついつい飲みに行ってしまうのである。
そこでみつおは決心した。

「そうだ、アルバイトをしよう!」

昼間の仕事が終わってからできるバイトを探していたら、何と家の近くの居酒屋が募集していたのである。
そこは夜の9時から夜中の1時までのバイトだったのでちょうど都合がよかったのである。

仕事が終わって、帰ってシャワーを浴びてから出勤しても充分に間に合う時間帯である。
いつも飲みに行ってしまうと夜中の2時まで飲んでしまう日々が続いていたので、それよりはバイトをした方がお金も使わないし、それどころかバイト代も入ってくるので、2倍の収入が増える気分だった。

「お前大丈夫か?大工の仕事と居酒屋の掛け持ちで身体もつのか?」

「大丈夫です。飲みに行くよりは楽ですよ(笑)」

「ま、いいけど無理しないようにな」

支払いが増えたのは家賃や光熱費だけではなかった。何と生まれて初めて車を購入したのである。もちろん中古車だが、40万円くらいでいいのを見つけたので、ローンで購入したのである。

だからどうしてもバイトをして収入を増やす必要性があったのである。
最近は飲み過ぎているなと自分でも感じていたので、大きな決断をしたのだった。

昼間の仕事は遅くても7時には帰れたので、そこからお風呂に入っても十分に間に合う時間帯だった。
 
アルバイトが夜中の1時まで、家に帰ってすぐに寝れば5時間くらいは睡眠時間が取れる計算だった。

それに慣れてくると、もっと節約するために自分で弁当を作って持っていくことにした。
朝6時半に起きて、弁当を作って7時20分に家を出れば、親方の家に7時40分に着くのだ。

それがみつおの日課になっていた。
居酒屋のアルバイトは初めてだったが、夜の世界が長かったため、水商売という流れは分かっていた。

そこは、スナックとは違って家族でのお客様も多く、また何かの祝賀会みたいの宴会も多かった。

「あんた、金城さんの所の親戚でしょ、あんたの叔父さんはよく知ってるよ」

「あ、そうなんですね。正月とかではよく会いますよ」

地元なので、来るお客様も知り合いが多かった。
親戚のおじさん達は、仕事で上手く行っている人や出世して部長さんになっている人も多かったので、この店でも顔になっていたのである。

「あい、みっちゃんじゃないか?何で?ここで働いているのか?」

同級生も家族連れでよく来ていたみたいで、いろんな友達に声をかけられた。

「昼間は大工してるんだけどよ、夜はここでバイトしてる」

「マジで?大変だな頑張れよ」

そこの店の仲間達とも仲良くなり、たまに上の階にあるカラオケハウスに行ってみんなで歌って帰ることもあった。
そこで、みつおの得意のおとぼけが受けて大爆笑となり、一躍人気者になったのだった。

「金城さん、今日も上に集合です」

「ラジャー」

定期的に集まって夜中からカラオケ大会が始まるのだった。
そのカラオケハウスは居酒屋と同じオーナーなので、早い時間は居酒屋のメニューを注文することができるのだが、みつお達が仕事が終わっていく頃には居酒屋も閉店なので簡単なレンジでチンするだけのおつまみかお菓子類だけだった。

また、そのカラオケハウスは朝の7時まで空いていたので、夜通し歌って朝方に帰るのだった。
もちろん、みつおが行けるのは、次の日に昼間の仕事が休みの時だけなので、必然的に土曜日になるのは当たり前だったが、土曜日はカラオケハウスも夜中まで混んでいるので入れない時もあり、近くの安いスナックにみんなで行くこともあった。

平日はもちろん速攻で帰って眠らないと次の日は早いのでカラオケに行く事はなかった。
そんなある日、その日平日だったのでバイトが終わると急いで車に向かった。

すると…

「ミャ〜、ミャ〜」

どこからともなく子猫の鳴き声が聞こえてきた。

「あれ?どこにいるんだ?」

車の下にいてひいてしまったら大変である。
みつおは下を覗きながら車の周り探すが見当たらない。しかし、鳴き声は鮮明に聞こえるので絶対に近くにいるはずである。
早く帰らないと寝る時間が少なくなってしまうので、焦っていた。
しかし、車を出してひいてしまったら可哀想である。

車の周りをぐるっとまわって運転席の所にもどると

「ミャ〜、ミャ〜」

より大きな声が聞こえた。
なんと、運転席のドアを開けていたのでそこから入ったらしく、運転席にちょこんと乗っているではないか

「こらっ、お前は勝手に乗りやがってむせんじょうし無銭乗車かまっく、はい帰るからおりなさい」

といっても子猫が素直に降りるわけもなく、必死で何かをアピールしていた。
きっと親とはぐれてお腹が空いているのだろう。
無理矢理に降ろすのも気がひけたので

「今日だけだぞ」

といって、子猫を連れて帰ることにしたのだった。エサをあげて落ち着いたらまたここに戻しにこようと思っていた。
ところが…
みつおになついたその猫があまりにも可愛いくてついつい情が移ってしまったのだった。

「しょうがない、面倒をみるか」

その子猫を飼うことにしたのだった。
あの店の周りには野良猫がたくさんいたので、飼い猫ではないだろうと思ったのである。
その日は、とりあえず家にあったシーチキンの缶詰め与えると喜んで食べてくれた。
トイレが問題である。

近くの海までいって砂浜の砂を取ってきた。
そして余っている段ボール箱を浅く切り、そこに海の砂を入れることにした。
これで猫のトイレが完成である。

次の日から、昼間の仕事の後、近くのホームセンターで必要な物を揃えたのだった。
海の砂では一日しかもたないので、ちゃんとした猫用の砂と、猫のエサを買ってきた。
問題は昼間だった。
朝みつおが出て行くと自分も行こうとするので

「お前はお留守番!」

サッと玄関のドアを閉めて出て行くのだが、後ろで鳴き声が聞こえて困ってしまった。
一日中鳴いていたらどうしよう。
しかし、仕事場に連れて行くわけにもいかず、初日はハラハラしながら出かけたのだが、帰ってきた時には、喜んで出迎えてくれたのでホッとしたのだった。

みつおと猫の生活が始まった。
最初は一緒に布団で寝ていたのだが、その子猫が来て二日目だった。
みつおが眠りにつくと、その子猫もみつおの布団の上に乗っかってきた。
チョコンとお腹のあたり座って寝ていた。

しかし…

「うゎ〜、お前屁こいたな、クセ〜」

猫のオナラはビックリするほど臭かった。

「有り得ん、お前は隣の部屋で寝ろ」

子猫を追い出したのだった。
その部屋は2DKだったので、食事やテレビを見る部屋と寝室を分けていたのだが、その日以来猫を寝室に入れることはなかった。
初日はずっと鳴いていたが、あの臭さは耐えられないと思ったのだった。

たまには外にも散歩に連れて行った。
首輪などしなくてもずっとみつお後をついて来るのだった。
公園に行くと喜んで遊んでいたが、しばらくするとみつおの所にきて膝の上で寝るのでそのまま抱っこして家まで戻るのだった。

真夜中に訪問してきたその子猫のおかげで、一人暮らしのみつおは癒されて楽しい日々が続いていた。

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