第57話 父親との別れ


「今年のMVPは、みっちゃん、おめでとう」

忘年会は大いに盛り上がった。
約束通りみつおが全ての店を決めていいというので、みつおは自分が働いていた居酒屋で打ち上げ忘年会をすることにしたのだった。

従業員を連れて訪れたので、その居酒屋のオーナーも喜んでくれた。
みつおがトップ営業マンになった事を伝えると

「そうなの、金城さん凄いねぇ、じゃ今日はボトル1本サービスするね」

そう言って泡盛ボトルを出してくれたのだった。

今日はみつおにとってメインイベントだった。
次の店も決まっていた。
長年お世話になった五番街である。
そこに行くのが超楽しみであった。
今まではカウンターの中でボーイをやっていた店で、シートに座って接待されるのは初めての経験だった。

そこでもみつおがトップ営業マンになった事を伝えると、ママさんがウイスキーのボトルをプレゼントしてくれた。
みんながみつおの成功を喜んでくれている感じだった。

そこでけっこう盛り上がったので、いい気分のうちに解散したのだった。
しかし、みつおはそこで終わるわけもなく、自分の行きつけの店に一人で向かったのだった。

その日は記憶が無くなるまで飲み明かして、何時にどうやって帰ったのかも覚えていなかったが、自分の家で寝ていたのでホッとしたのだった。

二日酔いで頭が痛くて、夕方までダラダラしてすごした。 
家には誰もいないので、一人でポツンと大きな家でたたずんでいた。

「せっかくここまできたのになぁ」

なんだか虚しい気持ちだった。
一番喜ばせたかった母親はいない。
そして、せめて父親にだけでも親孝行しようと思っていたのだが…

あれはみつおが営業マンとしてやり始めた夏の日だった。

「みつお、お前のお父さんが入院したからすぐに病院にきなさい」

突然に従兄弟の奥さんから連絡がきた。
急いで国立病院へと向かうと、お医者さんに大事な話があるからと呼ばれて2人で話をしてした。

「金城さん、残念ですがお父さんは肺がんでステージ4の末期になっているので、完治するのは難しいと思います」

「えっ?…」

みつおは言葉を失った。
そして
 
「末期ガンって、父親は20年前にタバコやめてますよ」

「金城さん、タバコと肺ガンは関係ありませんよ、タバコすっていても沖縄のおじー、おばーは100歳過ぎても元気な人いるでしょ、逆にタバコを吸ったことがなくても肺ガンなる人はいるんですよ」

医者から、タバコと肺ガンは関係ないと言われたのはかなり衝撃的であった。通常のお医者さんはタバコは肺ガンのリスクが大きいからやめるやうに言うのだが…

しかし、そんね事はどうでも良かった。事実、父親は末期ガンなのである。

「あのー、どれくらいもつのでしょうか?」

「そうですね、長くて半年ですね。ですからそれまでは病院で延命処置という形で関わらせていただきますが、それでよろしいでしょうか?」

「そうなんですか…」

みつおは肩の力を落として、それ以上は何も言う事がなかった。

その日から毎日その病院に通って父親に顔を見せるようにしていた。

「今日はどんな?体調は大丈夫?」

「うん、毎日検査してるだけで体調は大丈夫だよ」

「そうか」

「…」

「…」

それ以上は何を話していいのかお互いにわからないまま、黙って時間を過ごした。

「もう行くね、仕事中だから」

「うん」

今まで間に母親がいて話をしていたのが、母親がいないと男同士で何を話していいのか分からなかった。
家に一緒に住んでいた時も、ほとんど顔を合わす事がなく、一緒に夕ご飯を食べたこともなかった。

自分の父親という感覚よりも、自分の母親の旦那さんという他人のような感覚にちかかった。
それで、家で父親と二人で過ごすのは避けていたのだが、今回は事情が事情だけに避けるわけには行かなかった。
気まずくても毎日顔を出しに通っていたのだった。

次の日に行くと、機嫌が良かったのでどうしたのか聞くと

「病院のメシは不味いから、近くのお店に行ったら美味しい弁当が売っていたから、そこに行って食べてきたよ」

「えっ?病院のご飯は不味いの?」

「全然味がついてない」

「あぁ」

そうだ、父親は塩辛いのが好きだが、病院は塩分控えめの食事になるから父親の口に合わないのである。
人間は、結局美味しいものを食べる事が1番の幸せなのである。

病院の規則違反かもしれないが、もう最後なのでみつおは黙認して父親の好きにさせてあげようと思っていた。
次の週に、看護師さんから説明があり、週末に家に帰ってもいいということになった。
 
「土曜日に家に帰ってもいいんですが、月曜日の朝には病院に戻ってきてくださいね」

「はい、分かりました」

病院側も気を使ってくれたのである。
余命が少ないので、少しでも楽しく過ごしてほしかったのである。
体調を見てお医者さんが判断したのだった。

父親の体調は、末期ガンとは思えないほど元気だった。
ある時、見舞いに行くと看護師さんに怒られた。

「金城さん、お父さん何とかしてくださいよ」

「えっ?何かしたんですか?」

「病院中の網戸を洗ってまわってるんですよ」

「えっ?」

何か迷惑をかけたのかと思ったのだが、綺麗好きの父親がいろんな部屋の網戸を外してベランダで洗っていたのである。

「体調が良くても病人ですからね、いつ症状が悪化するかもしれないので、安静にしてください」

「あんなに汚ないからだろ、だらしない」

父親が怒っていた。

「そうですね、すみません。業者の方を呼んでやらせますので、身体に負担がかかることはやめてくださいね」

父親らしいエピソードだった。
その週も土曜日に病院に迎えにいって、父親を家へ連れていった。

「途中でスーパーに寄ってくれよ」

土日の食料を買いにいくのである。
母親がいなくなってから、自分で料理をしていた。元々料理が上手い父親だったので、その辺は苦になっていないようだった。

「お酒は飲んだらダメって言ってたよ」

「少しくらいは大丈夫よ」

それ以上は何も言わなかった。
本当にお酒をやめさせたいわけではなく、話のネタとして話しただけだった。
ネタが乏しいので、そういったことでも大事な話のネタだったのである。

みつおは、土日も関係なく仕事に出ていた。
日曜日じゃないと家にいないお客さまもいるので、日曜日はチャンスなのである。

父親は相変わらず朝が早く、みつおが出勤する頃には掃除も終わって、ソファでのんびりしていた。家では無理に会話することもないので、無言のまま仕事に出かけた。

するとみつおの携帯に従兄弟の奥さんから電話があった。
みつおは、ポケベルが面倒くさくなったので、思い切って携帯電話を契約したのだった。

「みつお、大変になってるよお父さんの容体が悪くなったから急いで病院にきて」

みつおはびっくりして、急いで病院に向かった。

「金城さん、しっかりしてください」

「けんじおじさん、大丈夫ね、しっかりしてよ」

病院は慌ただしかった。

「まいった、まいった…」

「金城さん、まだまいったらダメよもうちょっと頑張ろうね」

看護師さんも、従兄弟の奥さんも必死で声をかけていたが、みつおはかなり動揺していて、何も声が出なかった。
ただその場面を目に焼き付けるしかなかったのである。

そしてついに父親は息を引き取ったのだった。
死因は肺炎である。
あまりにも体調が良かったので、父親は家中の掃除と、庭の手入れをして綺麗に整えていたのだった。それて体力を使い切り免疫力が下がって急性肺炎になったのである。

姉や兄との家族会議の結果、本人には告知しないことにしたのだった。
そのため、父親は体調が良くなったと思って、屋敷中の掃除をしたのだった。
それが亡くなる前の掃除になろうとは、綺麗好きな父親らしい最後だった。

告別式や葬式など慌ただしく過ぎていった。
四十九日が過ぎて、ようやく落ち着いた時に、みつおは両親を失った寂しさを噛み締めていた。

みつおはアパートを引き払い実家に戻った。
大きな庭の手入れも、父親を思い出しながらみつおがやるしか無かった。

沖縄では毎月、旧暦の1日と15日には仏壇の花や水を取り替える習慣があったのだが、みつおが何もやらないでいると、父親の妹である叔母さんが突然にやってきて

「あんたのお父さんが喉が渇いて苦しんでる夢を見たよ、あんたちゃんと1日と15日やってるね?」

「えっ?やってない」

それ以来みつおが1日と15日をやるようになっていた。
みつおの兄貴もいるのだが、彼女の家に住んでいるのでたまに顔を出しにくるだけで、その家はみつおが1人で住んでいるのだった。

二日酔いでソファに横たわりながら、みつおは父親が入院してから息を引き取るまでのシーンを思い起こしていた。

みつおが成功していく姿を見せられなかったのが悔しかった。
しかし悔やんでもしょうがない。これからは1人で生きていくしかないのである。

そして年が明けた。 
喪中ということで、お正月は何もしなかった。
みつおは1人で生きていくしかない状況で、とにかくこれからは誰のためでもなく、自分のためにもっともっと成功しようと心に決めたのだった。

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