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『大丈夫っす』

ぼくは生まれてこのかた就職したことがなく、主に居酒屋とかお酒を扱うようなとこでアルバイトとして生きてきたんだけど、特に印象深いのがチェーンの串カツ屋で、そこでは当たり前のようにバイトの人間が店長代行として店に立つ文化があり、調理と接客と管理の境目が曖昧な職場に2年半くらい働いてたことがある。

そこで働き始める前のぼくは物流の派遣を予告なしに突然バックれて消費者金融からお金を借りながら部屋に引きこもっていた。息をしてアニメを見てるだけなのに何故か借金は増えて、社会的信用がゼロに近いボクの限度額はあっという間に満額に近づく。パチンコで2日位大勝ちすればすぐに返せる額だが、どうもギャンブルは向いてないみたいで、軍資金の捻出すら難しくなり仕方なく求人サイトを開いた。そこで最寄駅の飲食で検索をかけ、1番上に出てきた候補に応募した。

すぐに反応があり次の日には面接に向かう。久しぶりに赤の他人と目的にそった会話をする。会話と言っても、「〇〇だけど大丈夫?」と謎に圧迫感のある質問に対しダルさを感じながらキレ良く「大丈夫っす」と切り返していただけだったのだが、何故か採用された。今にして思えばシフトの制限が全くない若めのフリーターで、人材不足が続く職場だったら『臭い』とか『受け答えできない』とかでない限りは採されるもんだなと思う。

出勤初日、とりあえず指定された服に着替えて現場に出たのだが、その店は社員が1人。あとは3人くらいの学生アルバイトがいて、社員はなにやら管理業務と電話対応におわれており、突如ボクはホールに1人で放置プレイを受けた。その時のゲストはたしか2組くらいで、平均客単価2000円弱にふさわしい、当時22、3歳の自分にそのまま歳を取らせたみたいなおじさんたちが金と女とギャンブルの話をしていた。

消費者金融の借金に比べれば安い絶望だったので、半笑いでマジかよとは思いながら取り合えず注文を取るなどしてみる。謎の単語をメモる。1番近くにいる女の子のアルバイトにおじさんが言っていた謎の単語を伝えるとすぐさまそれらしき謎のつまみが出てくるので、おじさんたちに一声かけてそのつまみをテーブルに置く。おじさんたちはパチンコの話に夢中だ。「わかる、その台面白いけど酷い目見るよね、あの店、絶対遠隔操作してるよね」と心の中で呟きながら半笑いで立ち去る。

それから投げられた疑問形全部にキレ良く「大丈夫っす」と答えていたら2ヶ月くらいで店長代行を任されるようになった。片道1時間のヘルプや迷惑客の対応などもあったが、全ては安い絶望だった。だけどこのあたりで少しずつ、多すぎる高揚感とか、しょぼい安堵感、ちんけなプライドなんかが芽生え始める。

2年弱続けてきたあたりだろうか、それまで店舗に1人いた社員は2店舗に新入社員1人だけになり、「大丈夫っす」の癖が抜けないまま、ボクはついに半笑いでいられなくなった。店の売り上げがどんどん落ちる中で居場所がなくなることを予見したぼくは革命を試みた。全てがあいまいなその店の形態を自分の色で塗り固めればいいと思うようになった。芽生えた苗が少し大きめな、目障りな木に育った。

説教じみた長文のラインをバイトのグループラインに送り付け、仕事時間外に飲み会とごっちゃにした出口の見えない会議をし、スタッフ一人一人の意識改革的なものを試みていたと思う。あまり思い出せない。多分思い出したくないんだと思う。

一アルバイトで権力や地位と実力のないボクが試みた恐怖政治は簡単に崩壊した。設立されたかも怪しい。無力感の中で、全員俺になればいいのにな、と思っていた。

そうして革命も闘争も逃走もできないままに所属していた店は本社の急な決定で閉店した。あっけない物だった。自分が固執していたものはその程度のものだったのかと実感した。

そこから僕は疲れたのか怒っているのかわからない顔をしたまま「大丈夫っす」と言い続けていたらこれまた所属があいまいな、複数の店舗の代行をするマネージャー直属とかいうよくわからないポジションになり、時給がその会社で勤める最長勤務歴アルバイトおじさんと並び、枯れそうな木に栄養っ剤をぶち込みながら自分すらあいまいになってる時に気がついた。木はとっくに枯れていた。そしてすんなりやめて、断捨離にハマり、ホームレスになった。

今日この記憶をわざわざ書き出したくなったのはきっと、あの時の自分と話がしたいんだ。

ま、わかるよ。そんなもんだよな。だけどもう少しできることがあったとすれば、それは覚悟だとおもうよ。それは自分がどうあるか、その周りにいる人とどういう関係であるかを、その相手ともう少し覚悟できてれば何か変わったかもしれないね、簡単に何でもかんでも「大丈夫っす」て言うなよ。それはいつしか自分が考える『ありたい自分』より、他人が求める自分を優先してしまうことになるから。

そんで今日の自分にも聞きたいんだよね。「覚悟、もった?」って。

🤲