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勇者と姫の20年

魔王にさらわれた姫を助け出すために、勇者は王国を旅立ちました。長い長い冒険の旅の果て、勇者が魔王のところにたどり着くまでには20年の月日が流れていました。

当時18歳だった姫は38歳になっていました。姫は魔王と結婚し、魔王との間には双子の男の子と娘の3人の子供を授かっていました。双子の男の子はもう16歳、高校ではサッカー部に所属し、ポジションは左右のサイドバック。将来はサッカー選手になりたいと言っていますが、ちゃんと勉強もして、教育関係の仕事に就くという地に足をつけた夢も持っていました。兄たちとは少し年の離れた娘は10歳。こちらは絵を描くのが大好きで、小学校のお絵描きコンクールで賞も貰いました。

当時は美しかった姫も、20年もすれば変わるものです。折れそうなくらいに華奢だった体型は3人の子供を産み育てる中で30キロも重たくなって、風が吹けばサラサラと音をたてるような美しい金髪も、今はくるくると巻いたおばさんパーマになっていました。それでも勇者には不思議と、今の姫の方が魅力的なようにも見えました。

はるばるやって来た勇者を姫は手製のスコーンと紅茶でもてなし、よく来てくれたねぇと労いました。姫は魔王に無理矢理さらわれたのではなく、実は駆け落ちだったことを勇者は初めて聞かされました。姫と魔王はインターネットで知り合いました。窮屈な王宮で姫の役割を演じ続けねばならなかった姫にとって、偽りのない本音を吐き出せる唯一の相手が、画面の向こうにいた魔王だったのです。チャットでやり取りをするうちに2人は仲良くなり、毎晩Skypeで通話を重ねるようになった頃には互いに愛し合うようになっていました。しかし姫と魔王、一緒になるにはこの道しかなかったんだよと姫は言いました。魔王には嫌な役回りをお願いしてしまった。あの人には本当に感謝しているんだよ……そう言って姫は紅茶をズズズとすすりました。

16歳で旅に出た勇者も、20年の長旅を経て36歳になっていました。旅の路銀が尽きてからはパチンコで増やし、行く先々の街で知り合った女の所に転がり込み、5年間暮らしたリムルダールの街の女との間には子供もいました。長いパチプロ生活で腰を悪くし、最寄りから魔王の城まで来るのにもタクシーを使ったくらいでした。20年間、互いに苦労を重ねてきた勇者と姫は共感し、話は大いに盛り上がりました。夜になって仕事から帰ってきた魔王も、せっかくなので今夜は泊まって行きなさいと言い、勇者はその言葉に甘えることにしました。魔王と勇者と姫は夜遅くまで酒を酌み交わして語り合い、以来家族ぐるみの友人として生涯を共にしました。

姫と魔王の幸せな夫婦姿に触発されたのか、勇者はリムルダールに戻ると女と結婚し、心を入れ替えて真面目に働くようになりました。更に2人の子供にも恵まれ、街の外れに小さな家も買い、勇者たちは幸せに暮らしました。今ではパチンコはたまに嗜む程度になったのだそうです。

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