ヒメサマ
香川県の西の端にある小さな町の出身だ。海までチャリで15分くらいのところに住んでいたので、海にはよく行った。
小さな砂浜にはごく稀に、50センチから80センチくらいの、透明でぶよぶよとしたものが流れ着くことがあった。町ではそれを『ヒメサマ』と呼び、見つけても近づいたり触ったりせず、そのまま海にお返ししなければならない、と言われていた。小さい頃からそう言われて育ってきたし、死んだくらげか何かの体組織が流れ着いたものなのだろうと思って特に何の疑問も持っていなかった。
先日ふとした折に友人にその話をすると、そんなものは見たことも聞いたこともないと言う。そう言われて何人かの友人にも聞いてみたが、みんな同じ反応だった。インターネットで検索してみても何もヒットしない(ヒメサマという名前の競走馬がいることは分かった)。ワードを変えて色々検索してみたが、そんなものが流れ着くなんて話は日本のどこにもなかったし、僕の町のことさえ何も見つけられなかった。唯一それっぽい話を見つけたのはイギリスの海辺の小さな港町にある伝承で、嵐の後に稀に流れ着くことがあったという透明な『それ』は、その港町では『Princess』と呼ばれていたそうだ。
中学の時に一度だけ、砂浜に『ヒメサマ』がいるのを見た。大きさは60センチくらいだったろうか。向こう側が綺麗に透けて見えるくらい無色透明で、形はまんまるいクッションのようだった。喘息の時の息づかいのような、ヒューヒューとした音がしていて気持ち悪かった。家に帰って親にその話をすると、「今日はいつもより綺麗に身体を洗いなさいよ」と言われたのも何だかとても気持ち悪かったのを覚えている。
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